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春の終わり、夏の始まり 22

6月第1週の末、唯史と義之は近場の公園に出かけた。
広々とした敷地は自然が豊かで、池や遊歩道、ベンチが整備されている。
あいにくの曇り空であったが、時折風が吹くと木の葉がさわさわと音をたてていた。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、歩いているだけで心が癒されるような雰囲気だ。

まず二人は、人気の少ない遊歩道を歩くことにした。
唯史は先日借り受けたカメラを、義之も愛用のフルサイズカメラを首からかけている。

「とりあえず、好きなように撮ってみたらいいよ。要はモニター見ながらシャッター押すだけやから」
気楽に楽しめばいい、と義之は言って、自らも周囲の景色を撮り始める。
唯史も、義之にならって風景にカメラを向け、何度かシャッターを押してみた。

数枚の写真を撮った後、
「うーん、景色のどこを切り取ればいいんか、ちょっと迷うなぁ」
と、唯史は小首をかしげた。
「まず、『主役』を決めるねん。景色の中で、これを撮りたい、てやつ」
「うん」
「そしたら、そこをメインにするねんけど……」
義之は、ちょっと貸して、と唯史が持つカメラを手にした。

「そこにベンチがあるやん。これを主役にするとして……」
義之は、カメラのモニターを唯史に見せる。
「ここ、縦3分割、横3分割の線があるやん?」
「うん、これ何やろ?て思ってた」

「例えばな……」
カメラを持ち、義之は遊歩道のベンチをモニターに収め、唯史にも見せる。
「この3分割の縦横が交差するところに、主役を持ってくれば、だいたい格好がつくねん」
そのまま、シャッターを切る。
「なるほど」
義之からカメラを受け取り、唯史は再び周囲にカメラを向け始めた。

遊歩道を歩くと、芝生の広場があった。
広場では、家族連れやカップルがシートを広げている。
その楽しそうな様子を見て、唯史はまだ心に残る寂しさを感じていた。

義之はそんな唯史の様子を見守りながら、時折その姿を撮っていた。
唯史の顔にはどこか迷いと寂しさが漂っており、その表情をそっと写真に収めていた。

と、その時。
「義之、今このバラを撮ろうと思ったんやけど、シャッター半押ししたら背景がボケるねん」
唯史が首をかしげる。
「あ、自動でマクロモードになったからやな」
「マクロモード?」
義之は、あらかじめカメラの設定をオートにしてあったのだ。
つまり、風景なら風景、人物なら人物、とカメラが自動で撮影モードを選択してくれるのである。

「そう、マクロ。これがカメラの醍醐味のひとつやな」
「そうなん?」
「唯史、そのバラをアップにして、もう1回撮ってみよか」
言われるまま、唯史は白いバラを撮り、その写真を義之に見せる。

「これな、背景がボケることで、バラが際立ってるやろ?」
「うん」
「もちろん、背景も写そうと思えばできるんやけど、メインをアップで撮りたい時はマクロモードの方が良いかな」
義之のアドバイスに従い、唯史は園内に咲いている花を撮り始めた。

1時間ほども経っただろうか。
「ちょっと休憩しよか」
義之の提案で、2人は公園内のカフェに入り、アイスコーヒーを注文した。

唯史はカメラのモニターで、この日撮った写真を見返す。
「どんなん撮ったん?」
義之が言うので、唯史はカメラを義之に手渡した。

「なんか全体的に、暗い写真が多い気がする」
唯史が撮っていたのは、木々の間から差し込む薄明かり、木陰の暗がりといった「陰」が目立つ。
「まぁ、今日は曇り空やからな。どうしても暗くなりがちになるねん」
義之はなおも、モニターで写真をチェックしている。

「まぁ明るさなんて、露出で何とでもなるけど…こんな感じの写真になる、ていうのは心の中がそんな感じやから、やな」
義之は静かに言った。
「心の中……?」
唯史は寂しげな眼差しを、義之に向ける。
「うん。なんでこの場面を撮りたいと思ったんか、そこやねん。唯史は無意識のうちに『陰』を見てたってことや」
「なるほどなぁ」
唯史は、運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んだ。

「あ、でも」
唯史が撮った写真を見ていた義之の手が止まる。
「マクロで撮ってるやつ、なかなか良いやん」
それは園内のあちこちで咲いていたバラや、咲き始めたアジサイの写真であった。

「マクロ、て教えてくれたやん。あれ、ちょっと面白くてさ。色々アップで撮ってみたねん」
写真をほめられたのが嬉しくて、唯史の頬がゆるむ。
「お、それは良かった。面白い、てのが何より大事やねん」
義之は安心したような笑顔を浮かべ、アイスコーヒーを飲んだ。

「楽しい、て思ってもらえてよかったわ。また、どこかに撮りに行こか」
「うん、楽しいかもな。てか義之はどんなん撮ったん?」
写真の楽しさを覚え始めた唯史は、プロである義之の写真が気になるようだ。

だが義之は、
「秘密」
とだけ言い、にやりと笑った。
「なんでやねん」
唯史が笑いながら抗議するも、義之は自分が撮った写真を見せようとはしなかった。

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