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春の終わり、夏の始まり 17

東京での生活に別れを告げた唯史は、南大阪の実家に戻った。
新たな勤務地でる大阪支社への通勤は実家からでも十分可能で、唯史は両親の温かい支えを受けながら、少しずつ新しい環境への適応を図っていった。

大阪支社への仕事にも徐々に慣れ、食事もきちんと摂るようになった。
以前よりは健康的な生活を送ってはいるが、離婚のダメージは未だ唯史の心に影を落としている。
美咲の不倫・離婚による自己否定のトラウマは大きく、なかなか抜け出せそうにはない。

そんな中、かつて同窓会を行った居酒屋で、唯史は義之と再会した。
同窓会から、ひと月半ほどが経っていた。

唯史が店に入ると、義之はすでに壁際の席に座っていた。
「唯史、おかえり」
相変わらずの温かい眼差しで、唯史を迎える。
その表情に、唯史はほんの少し、心が和むのを感じた。

生ビールを飲みながら、唯史は義之に帰郷のいきさつを簡単に説明した。
退職ではなく異動になったこと、しばらくは実家にいるつもりだが、いずれどこかに部屋を借りるつもりであること。
義之は瓶ビールを時折グラスに注ぎながら、ふむふむと話を聞いている。

自分からは何も聞こうとしない義之の優しさに、唯史はほんの少しだけ、甘えてみる気になった。
「でも正直、まだ全部を受け入れることはできてへん」
静かに、唯史は話し始めた。

「離婚したこと、異動になってこっちに帰ってきたこと、すべてが急すぎてさ。心がついていけてないねん」
普段なら、自分の弱い部分を人にさらけ出さない唯史である。
でも義之なら、ほんの少し預けてみてもいいか。
そんな気になったのだ。

「しゃあない。それだけのことが、唯史の身に起こってしまったからな。まぁでも、ゆっくりと時間かけたらいい。焦らんでも、ここには戻れる場所がある」
穏やかな義之の口調は、わずかながらも唯史の心に安堵をもたらした。
さらに義之が続ける。

「しんどくなったら、話くらいいつでも聞くから。電話でも、チャットでも、いつでも連絡くれたらいい。夜中でもかめへん。あ、でも、海外行ってたらごめんやで」
最後のひとことをおどけて言い、義之は笑った。
その表情に、唯史もつられて微笑む。
「ほんま、義之がおってくれて良かった。俺多分、しばらく『メンヘラのめんどくさい奴』になるかもしれへんけど、頼んどくわ」

二人は、何杯目かのビールで乾杯をした。

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