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春の終わり、夏の始まり 11

同窓会、当日。
12時に羽田空港を発った漆黒のスターフライヤーの機体は、定刻通り関西国際空港に到着した。

関西空港のターミナルに足を踏み入れると、即座に懐かしい匂いと音が唯史を包み込んだ。
有名な大阪土産の豚まんの匂い、そして関西ならではの勢いのある大阪弁。
故郷に帰ってきたという実感とともに、唯史の心の中には安堵感が広がっていった。

関西空港駅から、唯史は電車に乗った。
窓の外は、南大阪の田園風景が広がっている。
田植え前の田んぼからは、春先の土の匂いが漂ってくるように思われた。

電車が地元の小さな駅に到着すると、唯史は深く息を吸い込んだ。
この土地の空気は、何年もの間感じていなかった懐かしさをもたらした。
ああ、ここは何も変わっていない。
だが唯史は、故郷を離れて自分がどれほど変わったのか、ということも実感した。

唯史が実家を訪れたのは、結婚式以来、3年ぶりである。
実家は時が経っても変わらない懐かしいたたずまいで、玄関先には母親が植えたらしいビオラが、可憐な花を咲かせている。

唯史はひとつ深呼吸をして、玄関のインターフォンを鳴らした。
すぐにドアが開き、母・佳代子が顔をのぞかせる。

唯史の姿を見た佳代子は満面の笑みを浮かべたが、次の瞬間には驚きの表情に変わっていた。
3年ぶりに見る息子の顔色の悪さ、やつれた様子に言葉を失ったように見えたが、それでも佳代子は優しく微笑み、
「おかえり」
と温かい声で迎え入れた。

佳代子は唯史の離婚について、深く追求することはなかった。
その気遣いが、唯史にはありがたい。
佳代子が淹れてくれたほうじ茶を飲みながら、唯史はわずかながら、空虚感が満たされるのを感じた。

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