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春の終わり、夏の始まり 12

同窓会は、地元の居酒屋で行われた。
入り口の引戸には「本日貸し切り」と書かれた札がかけられている。

カラカラと軽い音を立てて引戸を開けると、唯史を包み込んだのは暖かな照明と賑やかな声の波だった。
中学卒業以来、15年ぶりに見る、懐かしい顔ぶれ。

彼らは唯史の姿を見つけると、いっせいに歓声を上げた。
「唯史やん!めっちゃ久しぶりやなぁ!」
大学進学とともに東京に居を移した唯史は、中学時代の同級生と顔を合わせる機会がほとんどなかったのだ。

同級生たちは唯史を囲み、昔話に花を咲かせた。
中学時代のいたずら、忘れられない事件、思い出深い修学旅行……

懐かしさと喜びにひたりながら、その一方で唯史は自分がどれほど変わったのか、という現実も感じていた。
無邪気だった中学時代とは異なり、今は自分自身に価値を見出せないでいる。
同級生たちは唯史を温かく迎えてくれるが、自身の変わり果てた姿も、唯史は自覚していた。

そういえば、という感じで唯史は周囲を見渡す。
中学時代、一番仲の良かった人物が見当たらない。
そう、背が高くて存在感があって…この場に居れば、すぐに見つけることができるはずだ。

その時、居酒屋の引戸がカラリと開いた。
そこには、カメラを首から下げた男性が立っている。

その姿は、一目見ただけでカメラマンであることを物語っていた。
独特の風格と落ち着きを兼ね備え、その表情からは自信が感じ取れた。

「義之……?」
唯史は必死で記憶を探る。
「唯史、久しぶりやな」
唯史の記憶の中の少年とはかなり変わっていたが、温かい眼差しは変わっていなかった。

唯史の脳裏に、中学時代の記憶がよみがえる。
二人で学校の廊下を駆け抜けた日々、放課後一緒に食べたラーメンの味、夏休み、キャンプにでかけたこと……
義之と共有した少なくない思い出が、再会によって現実と混ざりあっていた。

「義之、カメラマンになってたんやな」
唯史は、義之のグラスにビールを注ぐ。
「うん、中学時代からカメラは好きやったからな。やっと独立して、今はあちこちで撮ってる」
くい、と義之がグラスをあおる。

「どんなん撮ってんの?写真、あったら見せてよ」
唯史が言うと、義之は嬉しそうにうなずき、最近の作品をスマートフォンで見せ始めた。
それぞれの写真には、義之が世界中で見た風景や人々の表情が映し出されていて、唯史は作品に込められた物語に引き込まれていった。

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