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春の終わり、夏の始まり 15

唯史も2次会には参加せず、まっすぐ実家に戻った。
母の佳代子が、客間に布団を敷いてくれている。
唯史はゆっくりと布団に身を横たえながら、義之からの提案である「帰郷」について、深く考えていた。

目を閉じ、自分の現在の状況を冷静に見つめる。
離婚してからの心の空洞、都会で感じる孤独感。
自ら断ち切った人間関係、職場でのプレッシャー……
これらの要素が積み重なり、唯史の心身は明らかに疲れ切っていた。

「義之が言うように、いっそ何もかも投げだして、こっちに帰るのも手かもしれない」
その方が楽になれるのかもしれない、と唯史は考える。

しかし、帰郷するという選択は大きな不安も伴っていた。
もともと慎重で思慮深い唯史は、これまで何度も安全な選択をしながら生きてきた。
新たなスタートを切るのも良いかもしれない、と思いつつも、現在の環境から離れることに対する不安もある。

だが。
よくよく考えると、これまでの人生における「安全な選択」は、自分に幸福をもたらしただろうか?
美咲の不倫、そして離婚。
人生のどん底を味わったではないか。

自分が求める生活とは何か。
何を価値あるものとするのか。
唯史は、布団の中で自問した。

早朝、浅い眠りから目覚める頃、唯史はスマートフォンで「退職届 書き方」を検索した。

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