春の終わり、夏の始まり　1

2024年5月2日 17:45

【あらすじ】
唯史は離婚後、深い孤独と苦悩に直面し、帰郷する決意をする。
そこで彼は中学時代の親友、フリーカメラマンの義之と再会する。
義之はカメラマンとして、唯史が自己価値を再発見する手助けをしたいと考え、写真撮影プロジェクトを提案する。
二人は地元の美しい風景を撮影しながら、唯史は徐々に自信を取り戻し、心の傷を癒していく。
写真撮影を通じて、唯史は過去の傷を乗り越え、新たな未来へと歩み始める。

晩秋の雨が窓を叩く音が、夜の静寂を破る。
唯史ただしはリビングのソファに座りながら、ぼんやりと外を眺めていた。

最近、美咲の行動に変化が見え始めていた。
唯史が美咲と結婚したのは3年前、お互い26歳の頃である。

結婚当初の美咲はいつも明るく、仕事の話も積極的にしていたが、ここ数週間は様子が一変していた。
唯史が「今日はどうだった？」と尋ねても、「忙しかった」という一言しか返ってこない。
さらに詳しく聞こうとしても「特に何もないわ」と話をそらされてしまう。

美咲は広告代理店で仕事をしているため、忙しいと言われればそれなりに納得もできる。
だが、その割には具体的な理由や業務の詳細は一切語らない。

美咲の帰宅時間はこれまでも不規則ではあったが、以前は珍しかった深夜の帰宅が次第に普通のことになっていた。
唯史は気になりながらも、一時的なものかもしれない、と自分に言い聞かせていた。

明るい性格で社交的な美咲は、交友関係も広い。
SNSなども盛んに更新しているようだが、それにしても最近はスマートフォンを手放さない。

自宅にいる時もいつもスマートフォンを手元に置き、ロック画面に表示される通知を素早く消す。
それが、ただのSNSや仕事のメッセージなのか、それとも別の何かなのか、唯史にはわからない。
ただ、それは小さな疑問を抱かせるには十分だった。

この日の夜、美咲が帰宅したのは日付が変わる頃だった。
珍しく、美咲はリビングのテーブルにスマートフォンを置いたままシャワーを浴びていたが、小さな振動とともにメッセージの通知が届いた。

画面を覗き見るつもりはなかったが、通知が消える直前、唯史の目に飛び込んできたのは、見慣れない男性の名前とメッセージのプレビュー。
「今日は楽しかったよ、また会いたいな」

唯史の心臓が跳ね上がった。
このメッセージをどう解釈すれば良いのか。
深呼吸をして落ち着こうと試みたが、頭の中は疑問でいっぱいになってしまった。

しばらくして、美咲が浴室から戻り、いつものように、
「唯史もお風呂に行って来たら？」
笑顔で尋ねる。
大輪の花のような笑顔が、かえって唯史の不安をあおった。

その夜、唯史はなかなか眠れずにいた。
隣のベッドでは、美咲が穏やかに眠っている。
その寝顔を見つめながら、何とかこの違和感を解消したいと思ったが、心の中の疑念は簡単には消えそうになかった。
美咲が常にスマートフォンを手放さず、その画面を護るように扱っていることも、新たな疑問を投げかけている。

ベッドの中、深いため息をついて、唯史はこれまでの生活を振り返った。
結婚して3年、これといってトラブルはなかったはずだ。

もう少し様子を見よう……
無理やり自分を納得させて、唯史は浅い眠りについた。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

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