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春の終わり、夏の始まり 14

同窓会が終わった後、2次会へと流れる者も多かったが、義之はそのまま帰宅した。
義之は、祖父から譲り受けた平屋一戸建てに住んでいる。

畳敷きに寝転がり、天井を見ながら、義之は唯史のことを考えていた。
「何があった、唯史……」
久しぶりに見る親友の姿は、中学時代から大きくかけ離れていた。

いや、見た目はそれほど変わっていないのかもしれない。
他の同級生は、唯史の変化に気づいていない様子であったが、義之は一目でわかった。

唯史はもともと、色白の美少年であった。
だが今の彼は、色白を通り越して青白い。
体型も、唯史は昔から華奢な方ではあったが、今はどこから見ても不健康そうな痩せ方だ。

離婚した、と唯史は告げた。
だがその詳細までは語らなかった。
ひょっとしたら唯史は、抑うつ状態の一歩手前まで来ているのではなかろうか、と義之は危惧する。

義之は、中学3年生になった日を思い出していた。

今から15年前の、4月。
義之が通う中学校で、始業式が行われた。

長々と退屈な式典が終わると、各クラスごとに記念撮影が行われる。
学校の玄関前で、集合写真を撮るのだ。

玄関脇に植えられた桜は、ちょうど満開を迎えている。
この年は、春先になっても気温の低い日が続いたため、開花が遅かったせいだ。

義之は、この年中学3年生になった。
入学した時にはサイズが大きすぎた学ランも、今ではちょうどいいサイズになっている。

中学生になってから始めたバレーボールのおかげで、義之の身長は順調に伸びていた。
175センチと、中学3年生にしては大きい方だ。

背が高いので、集合写真の時は、だいたい最後列になる。
今回のクラス写真も、そうだった。

撮影のため、学校に来ていた近所の写真屋が、時折ファインダーをのぞきながら、こまめに立ち位置を指示する。
細かい移動が数回あって、ようやく撮影となった。
「はい、撮りますよー」

写真屋が、妙に間延びした声で、号令をかけた時。
義之の目が、自分の斜め下にある小さな頭にくぎ付けになった。

自分の前にいるのだから、当然男子である。
その、男子にしては艶のある黒髪に、桜の花びらが一枚、ふわりと舞い落ちた。

『カシャ』
次の瞬間、シャッターが切られた。

「もう一枚、撮りますねー」
写真屋はそう言ったようだが、義之の目は斜め下の頭から、目が離せなかった。

『カシャ』
それでも一応、目線だけはカメラに向けておいた。

写真撮影が終わり、生徒たちはぞろぞろと歩き始める。
義之はとっさに、黒髪の男子を探した。

その男子生徒は、義之の少し前を歩いていた。
顔見知りらしい他の同級生と、楽しそうにしゃべっている。

ちら、と男子生徒の横顔が見えた。
すっと通った細い鼻梁、薄めだが口角の上がった唇に、見覚えがあった。

確か、小学校が同じだったはず。
いや、でも当時はこんなにきれいな黒髪では、なかった。

あの頃は、坊主頭で………
もっとやんちゃな表情で……
確か、少年野球をやっていた……

小学校の時は同じクラスで、けっこう仲が良かったはずなのに。
中学生になって部活が忙しくなり、友人関係も変わり、少しずつ彼との距離は離れていった。

だが、思い出した。
その名前を、義之はためらいもなく口にした。

「唯史!」
名を呼ばれ、男子生徒が振り向いた。

「あれ?義之?」

「やっぱり唯史やったんか!同じクラスやってんなぁ。ぜんぜん気ぃつけへんかったわ」

足を止めた唯史に、義之が追いついた。

「俺も、義之がおったなんて、わかれへんかった!てか義之、デカくなってへん?」

唯史は、おそらく165センチほどであろう。
自分より少し高い位置にある義之の顔を、見上げる。

「まぁ、バレー部やからな。それなりに。てか唯史、えらい変わったな!」

唯史の顔は、まさに「美少年」と呼ぶにふさわしいものだった。
きれいなカーブを描く眉、涼し気な目元。
唇は薄めだが、口角が上がっているので薄情そうには見えない。

「俺?ああ、中学になって、髪伸ばしたからかな」
唯史は、やや長めの前髪を指でつまむ。

「昔はもっとヤンチャ坊主みたいやったのに。いつの間にかキレーになりやがって」
義之は、思わず唯史の頬をつねる。

「義之かて、昔はモヤシみたいやったのに。いつの間にそんな男前になったねん」
唯史も手を伸ばし、義之の頬をつまんだ。
「そう?唯史に言われても説得力ないけどな」
義之はニヤリと笑い、唯史の頬から手を離した。

「ま、1年間、よろしく頼むわ」
中学に入学して2年、ほとんど接点のなかった二人だが、こうしてまた向き合うと、小学生時代の仲がよみがえったようだった。

この出来事がきっかけになり、義之と唯史はともに行動することが多くなった。
学校でのちょっとした会話から始まり、放課後には一緒に教室を出ることが日課のようになっていた。
バレーボール部に所属していた義之は部活があったが、唯史は学校の図書室で本を読みながら部活が終わるのを待っていることも多くなった。

唯史と過ごす時間が増えていくうちに、義之は自分の中で何かが変わりつつあるのを感じていた。
これは単なる友情以上の感情かもしれない。
しかし、これをどう表現すればいいのか、またどう理解すればいいのか、義之自身にもわかっていなかった。

ただ確かなのは、唯史と過ごす時間が義之にとって、何よりも大切な時間になっているということだった。

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