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(短編ふう)大統領は心痛する      タイムカプセル2

のび太の机はタイムマシーンの入口だが、実家の机は抽斗自体がタイムカプセルだ。
〈不適切にも程がある〉表現を含む40年前の自作を実家で発掘した。
まだベルリンに壁があった時代の代物である。

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題:大統領は心痛する

M大国の大統領は近頃とみに機嫌が悪かった。
ライバルのN大国に先を越されっぱなしだからだ。
ここ数年、N大国は世界中を、あっ、と言わせる科学的大発明を矢継ぎ早に発表している。
どこでもドア、竹コプター、タイムふろしき、若返りの妙薬のαZグロムイコ、いっぱつで風邪を治す風邪薬βγゴルバチョフ、それになんとタイムマシーン(もっとも現段階では前後2分しか旅行できない。しかし、それでもすばらしい!)。まだある。誰でも上手に弾けるスーパーピアノ、誰もがブーニンになれる。通称ブラックジャックと仰がれている自動手術マシーン。それに今では大統領自身も愛飲している記憶力増強剤。読書スピードを百倍に上げる速読薬M78などもN大国が近年に発表し、世界をあっと言わしめた発明のひとつである。この他にも、目玉焼きを最も程よい熱で最も美味しく焼く調理マイコンセンサー付き安価フライパンなど、些細なものまであげればその輝かしい業績はきりがない。
それに比べてM大国はさっぱりめぼしい発明がないのだ。
我が国は馬鹿ばっかりなのだろうか?
大統領は本気でしばしばそういう思いに取りつかれた。
ノイローゼまで一歩手前で耐えている。
このままでは世界はM大国の存在を近いうちに失念してしまうに違いない。
忘れられた大国…。
大統領は思いつく限りのあらゆる手をうった。
長期戦略としては抜本的な教育改革を実施し(ウルトラスパルタ教育に変えた)、短期的な対策としては有能な外国籍科学者を金に飽かせてスカウトした。
しかし、その苦労はいまだ実らない。
昨夜寝付けなかったときには、もしかすると我がM大国人が日々吸っているこの大気に問題があるんじゃないか、頭を馬鹿にする成分が含まれているんじゃないか、ひょっとするとライバルのN大国が密かに馬鹿薬を散布しているのかもしれない、と疑心暗鬼に囚われて空気の総入れ替え法案を思いついたりもした。

「馬鹿!」
と、怒鳴るのが近頃癖になっている。

「閣下!」
と、秘書が大統領室の扉を勢い良く開けて飛び込んできた。
「なんだ、馬鹿!」
「お喜びください!我がドクターQがついに素晴らしい大大大大発明をしました!」
「馬鹿な!」
「官房情報室からの確かな報告です!」
「なんと!」
大統領と秘書は抱き合って喜んだ。
とうとう名誉挽回の日が来た…。

さすがM大国だ。
いつか、ドでかい発明すると思ってたぜ。
なんてったって大統領がすごい!
あれは歴史に残る人物だよ。

そう世界中の人々が口々に騒ぐのが目に見えるようだ。
大統領はほくそ笑んだ。
「で、どんな発明なのだ?」
「はい。報告によれば素晴らしいバイオコンピューターで、従来のノイマン型の記憶方法を超越したホログラムによる記憶方式を採用し、外界の刺激を、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、5つの感覚をそれぞれのセンサーによってとらえ、さらにさらに素晴らしいことにはそうしてとらえた知覚情報を瞬時に解析、それぞれに適応した反応を返し得るというまったくまったく、まったくもって素晴らしいものです!」
「まさに!」
ふたりは万歳を三唱した。

その時――ルルルル、と内線が鳴った。
秘書が出ようとすると上機嫌の大統領は自らひょいと受話器をとった。
「私だよ♪」
「大統領!やりました!ザマ―ミロです。我が国のTV局がN大国書記長のスキャンダルをつかみました!直ちに大特番で全国ネット放送するそうです!」
「素晴らしい!そのディレクターに国民栄誉賞を与えよう!」
秘書が壁のTVをつけると、もう放送が始まっている。
しかし、
画面を目にするなり大統領は怒り狂って暴れまくった。
傍にいた秘書はとばっちりを食って殴られ、全治1週間の外傷を負った。

TV画面には、53歳の書記長が27歳のうら若い愛人に産ませたという愛らしい赤ん坊が映っていた。愛人の腕の中の赤ん坊をのぞき込む書記長はデレデレの笑みを浮かべ、赤ん坊はというと、見事に外界の刺激に反応し、近づく書記長の顔から逃れようと激しく泣いていた。
「また、先を越された!」
大統領は泡を吹いて卒倒した。

―――――――――

当時属していた文芸サークルで、なんとなく甘いあこがれを抱いていた幹事長の先輩が、今度はそれぞれショートショートを持ち寄ってみましょうよ、と言い出した。
かなり張り切って書いたのを覚えている。
だが、「馬鹿」ワードの連発に先輩はきれいな眉を困ったように寄せていた。
先輩自身は、ちょっと切なすぎるオチの作品を披露していた。
自分が不釣り合いな子供にしか思えなくて悲しくなった。

弁解させてほしい。
当時、このワードを差別用語とする社会の視点はなかった。
「馬鹿ね。」と言われれば、「…だからスキ。」と、そのあとを勝手に解釈できた時代だったのです。

―了―


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