見出し画像

(短編ふう)嫁と姑と平たい餃子

母は、嫁の言葉に耳たぶを真っ赤にしていた。
「アレをつくったの? ご、ご両親に?…」
「はい。…?」

一時期、帰省時に母と料理をするのが妻のブームだった。

最初のきっかけはコロッケだった。
「コロッケ、家で作るのね。」
帰りの車の中で、一緒につくったコロッケをいれたタッパを膝の上に抱えながら、妻はやや興奮気味に言っていた。妻の実家では、コロッケはきまって親しい総菜屋で買っていたらしい。

姑に習ったコロッケを実家の両親に振舞ってみせた。
両親はただでさえ娘の料理姿など見た記憶がないくらいだったのでまず驚いき、喜んで食べた。
同時に帰省していた姉には「教えてよ」とせがまれた。
という話を母にしたものだから、嫁姑の関係が朗らかにほほえましく形成されるきっかけにもなった。
母は、あらあら、と嬉しそうに照れながら聞いていた。

この時、「アレをつくったの?」
と母が赤面したアレとは、小さい頃から私が好物にしていた餃子だった。
「あの餃子、つくって」と「あの餃子」と呼んでいた。

餃子、というには薄平たく、見た目は、チジミ、あるいはべったら焼の切れ端に近く、餡を皮で包む工程ばかりが餃子だった。
餡の具材は挽肉、ニラ、キャベツ、筍等、で必ずしも一定ではない。ゴマ油の香りが食欲をそそり、刻んだニラと筍の感触が口の中を幸福にした。但し、包む餡はほんの少しばかりで、全体に小さく、せんべいのように薄い仕上り。
やや硬め、に焼く。
それが大皿に菊盛される。

「アレ、つくっちゃったのね?」
母はゆっくりと秘密の戸を開けようとするように聞いていた。
「はい。…」
嫁は得意気に肯定し、姑は右手を団扇にしながら観念したように目をつむった。
「アレは、恥ずかしいわ。」

母が説明するには、当時、とにかくお金がなく貧しかったので、少ない餡で、息子のお腹を満腹にするために考案したのだという。
それがなぜかそのまま息子の好物になったので、今でもつくり続けている。消して、他人様に振舞うような料理ではないのだ。
うっかり嫁に伝授してしまった。
「昔は、うちは貧乏だったものだから、いろいろと工夫したのよ。」

うちのコロッケは、崩れやすい。
妻は、しばしば失敗して、油の中で瓦解させてしまう。
「むずかしいのよ。」
そう言いながら、菜箸で、慎重に裏返す。
手間がかかるが、その崩れそうで崩れない柔らかさ加減の触感ががたまらない。クリームコロッケとは全然違う。コロッとしたジャガイモが混じるし、玉ねぎが混じる。衣のパン粉も加勢する。

そういえば、そぼろ丼も絶品である。
これに関しては、妻はとうとう「食べたかったら自分でお母さんに習って」と放棄した。挽肉の一粒一粒が絶妙に細かい、やや甘めの味付け。
これも、肉といえば挽肉しか買えなかった貧乏が生んだ。

失敗は発明の母、貧乏は美味しい手料理の母なり。

―了―

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

68,867件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?