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類は友を呼ぶとはどういうことか【結論:自分の投影です】

こんにちは、サチアレネコです。

今日は休日でした。

休日のスケジュールはいつもやりたいことからの逆算で決めています。

心からやりたいことをやっていると自分が満たされていて元気になっていくのを肌で感じます。「このままずっと永遠にこのままでもいい」そんな感覚に浸ることができます。

そう感じるのも、休日だけでなく平日であれ、
自分のやりたいことをしているから感じとることができるのです。

さて、今日は「類は友を呼ぶ」について話します。
結論から申し上げますと、ボクはこの言葉を信じています。

誰でも聞いたことがある言葉だと思います。

「気の合った者や似通った者は自然に寄り集まる」
という意味です。(Googleより)

自分がよく一緒にいる人を思い浮かべてみてください。

よくいるということは自分の居心地がいいということであり、
その人は自分の心の投影です

しかし、よく一緒にいて居心地が良いからといって、
その人のすべてを肯定しているわけではないと思います。

時にはその人の行動や発言に苛立ったり、「自分とは合わないなぁ」と考えることもあるでしょう。だから「類友なんてうそっぱちだ」という思考になるわけです。

はたして本当にそうでしょうか?

自分がそう感じている時は大抵、相手も自分に対して同じことを感じていることが多いです。なぜなら、自分が気分悪くなっていたら例え隠していたとしても相手がそれを感じ取るからです。

そこに鈍感・敏感は関係ありません。
人間なら誰だって、それを感じる感性を持っています。

相手もそれを隠しているが、自分もそれを隠しているんだと思います。
だから、同類なんです。

例えば、仲の良い心穏やかな自然体の満たされた二人がいたとしましょう。
この二人は相手のどんな姿ことも受ける事ができます。

だから類友なんです。互いに違和感がないんです。

心穏やかな自然体の満たされたAさん、
不安や心配で自己否定の多いBさん同士ならどうでしょうか?

AさんはBさんの事を受け入れますが、Bさんが耐えられなくなります。
Bさんは影でAさんの文句を口にするかもしれませんし、嫌いな部分にフォーカスする形で、自分から離れていくかもしれません。

これはBさんが自分で総解釈したいからそのような行動をするわけです。
人間は自分のやりたいことしかしません。

悩んでいる人も、自分が悩みたいから悩んでいるんです。
本当はこうしたら解決するんだろうなとわかっていたとしても悩んでいたいものなんです。

それはその解決法を実行することによって自分が傷つくとわかっているから、何時までもその世界に居座りたくなってしまう。
耳の痛い言葉ですが事実だと思います。

自分を大切にしてくれない彼氏と離れるべきだとわかっていても、
離れられないような…そんな感じです。

逆にAさんはBさんのすべてを受け入れていますので、
Bさんが離れていくことも受け入れます。

じゃあどうすればAさんのようになれるか?

自分が満たされる必要があります。
心穏やかで自然体でいる必要があります。

そうすれば、「類は友を呼ぶ」法則がせっせと働いてくれて、
周りも満たされた人たちに囲まれます。

それは自分が満たされているからです。

自分が満たされていると、人に不満を感じなくなります。
陰口や文句を飲み会で話したりする必要はないわけです。

仮に、急に知らない人から突然頭にげんこつを意味なく食らわされても
一瞬は気分が悪くなるかもしれません。それは自然なことです。

でも世の中にはそういう人もいると受け入れていますし、
何時までもそのことで思い悩んだりしないんです。

だから自分を満たしましょう。
心穏やかでいましょう。
自然体でいましょう。

そのための一歩としてこの記事を参考にしてみてください。
なにかヒントになるかもしれません。

少しでもなるほどと思っていただけたのなら、スキ・フォローを何卒よろしくお願いします!

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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