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舞台『あのよこのよ』の役者たち、あれやこれや。役者・安田章大の脈動の芝居。

※本記事は商用ではなく個人的な主観による雑記(約8,000字)となります。また、舞台の内容を含みます。


作品が幕を閉じた瞬間から、“次の出演作”がこんなにも待ち遠しいと思う役者はそういない。
本人が役をどう調理して振る舞うのか、その人物からどんなエネルギーが発せられるのか、それは観客である自分の五感、ときに六感にどう届くのか。
それらを体感する時間がどうしようもなく待ち遠しい。

芝居の上手い下手や巧さや粗さについてならば、もっと上手くてより巧みで、リアルさとスマートさのバランスを調整して、聞き取りやすい発声で雑味のない台詞回しで、無駄のない動きと仕草で、一定レベルの質の高いものを見せてくれる役者はいる。
でも、彼が板の上で放出する生きたエナジーは、他の役者とはどうしても違う。

彼、役者・安田章大は、「命懸けで舞台に立っている」と、いくつかのインタビューで語っていた。
それが、比喩でも誇張でもなく本当にそうであることは、いち観客として知っている。命を削るように、それでいて生命力をこれでもかというほど溢れさせ会場に充満させて、彼は舞台に立ち芝居をする。
命を懸ける必要などないよ、自分の身体を大切にしてよ、と誰に言われたとしても、彼は命懸けで立つのだと思う。そして「酷い人間だ」と思われようとも、彼の命懸けの姿が見たいと、筆者は心底思ってしまっている。


※直近の主演作の記事は下記。


コンスタントに舞台に主演し続けている安田氏の新主演作が、PARCO PRODUCE 2024『あのよこのよ』だ。
作・演出は、青木豪氏。近年脚本と演出どちらもを手掛けた作品には、『両国花錦闘士』 (2020年12月:明治座、2021年1月:新歌舞伎座、博多座)が、また劇団四季の公演作品の演出も担当しており、『恋におちたシェイクスピア』(2018年9月:京都劇場、10月:自由劇場、12月:キャナルシティ劇場)、『バケモノの子』(2022年4月~)といった作品がある。

安田氏とは、パルコ・プロデュース 2019 音楽劇『マニアック』(2019年1月:森ノ宮ピロティホール、2019年2月:新国立劇場 中劇場)で初めてタッグを組んだ。俳優・古田新太氏の熱烈なラブコールにより安田氏の出演が決定したという。
この作品は、ブラックユーモアというべきか、ミステリやホラーのような要素もあり不穏で狂気的な空気が漂いつつ、底抜けにポジティブでもあり、恐ろしくも下品でもあり、好みが明確に分かれるような内容であった。「怖い」と途中で帰る客もいたという。音楽面では安田氏の歌唱と踊りと演奏を観ることができ、彼の多才な魅力を味わえた。なお堀内敬子氏の歌唱や芝居もよかった。彼女がいたことで舞台作品としてうまく成り立っていたように思う。
その『マニアック』から5年、PARCO側から青木氏に「安田章大さんと痛快な時代劇をやりませんか?」という打診があり本作が始動したそうだ。

和装のメインビジュアルが公開されて、期待値が高まった。

安田氏が初めて主演した舞台作品も時代劇であった。2009年、彼が24歳の時に上演された『カゴツルベ』である。歌舞伎の演目『籠釣瓶花街酔醒(カゴツルベサトノエイザメ)』を原案とした作品で、江戸時代の享保に起きた「吉原百人斬り」事件をもとにしている。劇団「少年社中」主宰で、近年は2.5次元舞台の脚本・演出も多く手掛け活躍している毛利亘宏氏が脚色・演出した舞台だ。
顔に醜い痣を持ち、藤澤恵麻氏演じる遊郭の花魁・八ツ橋に入れ込み哀しい狂気へと堕ちていく佐野次郎左衛門を演じた。彼の芝居は、“役を自分に引き寄せる”ようだった。カンパニーの先頭で、西岡徳馬氏や松澤一之氏、鷲尾真知子氏といったベテランの役者陣に背中を押され支えられながら、役に入り込みなりきることと、俯瞰で捉え自らを動かすこと、その絶妙なバランスを懸命にとりながら表現し魅せていた。殺陣も巧く、身体能力の高さも窺えた。
美術、演出、脚本、役者陣の芝居、どれをとっても大変よい舞台作品で、筆者は当時幼かったが、15年経った今でも、観劇の際の高揚や胸の震え、眩い彩りと深い暗闇の中に居る感覚は褪せない。

脚本も演出家も作り手のスタッフも全く違うのだが、“時代劇”で“殺陣もある”という共通点には心が逸った。カゴツルベから15年、様々な時期や経験を経た39歳の安田氏による時代物の芝居が見られることは観客としてとても喜ばしいことだった。

4月8日。
初日のマチネ公演を観劇した。


開演。
閻魔大王により罪人に審判が下される場面から始まる。演じるのは中村梅雀氏と市川しんぺー氏だ。台詞とその言い方、掛け合いが可笑しく、客席から笑いが起きる。掴みとしてはこれ以上ないと思わせるはじまりだ。
罪人が舌を抜かれるが、それはどこまでも伸びていく。そこに登場するのが、激しく頭や上半身を振りながら絵筆を走らせる安田氏演じる浮世絵師の刺爪秋斎と、大窪人衛氏演じる秋斎の弟・喜三郎だ。
閻魔と罪人の絵は秋斎による浮世絵だったのである。秋斎の絵は新政府を批判したとして邏卒に取り締まられ、大立ち回りの末に捕えられる。

この冒頭のシーンが、とてもよい。
本作は、“明治初期を舞台に繰り広げられる痛快時代劇”、“爽快エンターテインメント”、“愉快痛快な時代活劇”と公式に謳われているのだが、それに相違ない約5分間で、秋斎がタイトルの書かれた巻物を広げて観客に見せつける瞬間はまさに爽快である。その直後に頭を殴られ倒れ込み、着物を脱がされ鞭で打たれるのだが、それもまたこれからの展開を期待させ一興だ。唐突に始まる歌唱の入り方も安田氏の身のこなしも絶品で、虚しさややるせなさのある歌詞と明るい曲調のミスマッチさも逆にとてもいい。
期待がピークに高まった。
しかしながら、脚本に関しては本当にこの冒頭がピークであったように思う。

以降、牢屋から出た秋斎が身を寄せることにした喜三郎の元で、村木仁氏演じる居酒屋の店主・又一郎や、池谷のぶえ氏演じる又一郎の妹・フサ、落合モトキ氏演じる勘太と会話を繰り広げる。そこにやってくる潤花氏演じるミツや、三浦拓真氏演じる又一郎の息子・又蔵も巻き込んで、どんどん話は進んでいく。さらに市川しんぺー氏演じるロク、中村梅雀氏演じる邏卒の山路、南誉士広氏演じる薬種問屋の鯖上も登場し展開していく。
しかしどうも、起承転結の起ばかりが続き一人一人の人間性や関係性が深くは伝わらぬまま上滑りしていく印象だった。その中で役者たちは精一杯を出しているだけに、「いつ冒頭を超える面白さが味わえるのだろう」と思い続けながらそのまま終わりに向かう脚本や演出が歯痒く感じた。
また、“演出としての早口”なことはわかるのだが、役者によっては台詞が聞き取りづらかったり、観客が置いてけぼりになる箇所もあるように思えた。

吉本新喜劇かドリフ大爆笑のようなコントっぽい空気感もあれば、秋斎やミツの台詞にアングラ演劇のような部分もあり、日本映画の雰囲気や、浮世絵以外にも花札や西洋の死の舞踏のような感じと、様々な要素を感じるのだが、そのどれもが要素として融合しているというよりは中途半端な印象だった。
キーアイテムの眼鏡にも、もっと曰くや背景が欲しかった。

安田氏の芝居も、決して悪いわけではないのだが、初日は特に前半に過剰に力が入りすぎている印象を抱いた。
彼は昨年、スケジュールの合間を縫って75本もの舞台を観たそうだ。そうそうできることではない。芝居に対する情熱や探究心が爆発しているのだと窺える。
筆者は他の舞台を観ながら、その場にはいない役者なのに「ああ、安田章大の芝居が観たい」と思ったことがある。本記事の最初に記したが、舞台上の彼のエネルギーは他の役者のそれとは違うのだ。これは単なる憶測だが、安田氏自身も、他の舞台を観ながら「ああ、芝居がしたい」と思っていたかもしれない。彼の芝居欲が発散されたのか、それが過剰な力みとなっていたように筆者は感じた。“発散”自体が演技プランに含まれていたという側面も当然あるかもしれないが。
発散と放出は似ているようで違う。ともに“外に出す”意味合いはあるが、筆者の中では、放出は誰かのために光や熱やエネルギーを届けるようなイメージ、発散は自分のために辺りにまき散らすイメージだ。安田氏の芝居の魅力は放出にあり、発散ではないと思っている。初日のマチネ公演においては、彼の芝居はどちらかと言えば発散に近いように感じられた。
しかし自分本位に芝居をしていると言いたいわけではなくて、むしろ“安田章大”としてはとても理性的に芝居をしていることがこれまでの作品よりも伝わってくる。行動に勢いがある役柄と、観客は頭をあまり使わず素直に観ることがいいような脚本だからこそ、彼自身はかなり頭を使って演技していることがわかる。そのために、芝居欲が自由に放出されるのではなく、頭を使った上での発散となったのかもしれないと感じた。


同日、続けてソワレ公演も観劇した。

ソワレでは、マチネで感じた発散の感じが多少落ち着いていた。とはいえまだ力んだ印象や忙しない印象はあった。
安田氏演じる秋斎は、せっかちで猪突猛進、こうだと決めたら周りが見えなくなるタイプで、“勇み足”を踏んでしまう人物だ。そして、真っ当な正しい人間というわけではないが、卑屈さや卑怯さはなく根明で勇敢な男である。忙しなさは持ち味であり、勇み足を表現するための演出の側面もあるだろう。むしろすべてが演出かもしれない。しかしその上で、もっと肩の力を抜いてもいいように思った。

4月20日。
東京公演は全26公演で、折り返しをちょうど過ぎた15公演目を観劇した。

「芝居が変わった」というのはすぐにわかった。
舞台演劇はナマモノなので、当然日によって微妙に(時に大幅に)変わるものだし、その日の観客の反応によっても左右される。様々な舞台において様々な出演者がよく「日々さらに進化(深化・新化)しています」などと言っていたりするくらいに。さらに、演出家から「あのシーンのあの台詞はもっとこうして」「今日はよかったからその感じで」「こういう風な動きに変えよう」など公演期間が始まってからも指導が入ることは当然あるが、要所要所ではなく、全編を通して一新された感じがあった。展開や台詞自体が変わったわけではないのだが、役者たちの芝居が明らかに変わっていた。そしてその変化はいずれもよい変化であった。

一貫して勢いで捲し立てるようだった忙しない台詞回しは、ひとつひとつの台詞にニュアンスが追加され、緩急がわかりやすくなってメリハリが生まれ芝居全体の豊かさが増していた。
観劇を受けてのイメージが良い方向に上書きされたことはいち観客として嬉しいことである。

さらに1週間後の4月27日にも観劇したが、よりニュアンスに変化があり、もっと芝居がよくなっていた。
初日から公演の度に綺麗に右上がりでよくなることは、舞台演劇では実はさほど多くないのではないかと思う。基本的に一定のクオリティーで、日により役者の心身の調子、観客の反応や空気感、気温や天気、いろんな要因で微妙に上がり下がりするものだろう。本来は初日でも中日でも千穐楽でも変わらない完成された芝居を魅せることが望ましいが、観る度に役者の芝居の面でどんどん面白くなるのはそれはそれでナマモノらしい。

特に気になる役者個々人の芝居についても、個人的な所感も残しておきたい。

ミツを演じる潤花氏は、2016年に宝塚歌劇団に102期生として入団。2021年2月22日付で宙組のトップ娘役に就任した。本作は2023年6月の退団後初の舞台出演になる。
歌劇団で培われた確かな実力があり、発声がしっかりしており台詞が大変聞き取りやすい。ビジュアルも時代劇映えする。逆に芝居があまりに綺麗に整えられすぎているとも感じたが、それは全く悪いことではない。ただ、さらに踏み込んだ芝居もできる力を持った人なのではないかと思う(たとえば2024年の第31回読売演劇大賞で優秀女優賞を受賞した同じく宝塚歌劇団出身の咲妃みゆ氏は、綺麗に整った芝居のさらに向こう側に到達していると感じる)。間を取ることを恐れずに演じる姿や、役をより深堀りするような作品での芝居も観てみたいと思った。


ミツと恋仲である勘太を演じる落合モトキ氏は、子役から活躍しており33歳(2024年4月現在)にして芸歴は25年以上だ。顔立ちを見ると所謂“イケメン”であるが、どこか親しみの持てる濃すぎず薄すぎずのビジュアルは万人受けするように思う。芝居に関しては、小手先のテクニックを使ったりせず、まっさら、まっすぐな演技をする印象だ。若くして長い俳優のキャリアの中で一周回って(もしかすると何周も回って)そうなったのではないかと勝手ながら推察する。

ミツと勘太の空気感がよそよそしくも感じたので(役として嘘をつき取り繕っているために周りを警戒しているからという作品上の演出ではなく、人同士としてもっと好き合っている空気が出てもいいのではと)、潤氏と落合氏が役作りのために深く話し合ったり関係性を構築したりといったことはそこまでできていないのだろうか、というのは思ったが、公演を重ねるごとによそよそしさが溶けていく感じはあった。

秋斎の弟・喜三郎を演じる大窪人衛氏は、劇団「イキウメ」に所属する俳優である。所属事務所のホームページに、
ピュアで可愛いキャラクターの中に、猟奇的な部分が見え隠れするところが魅力
と紹介されているのだが、その通りだと感じる。
声が男性にしてはかなり高く、役者として強い武器だろう。本作でもその個性が活かされている。
また、喜三郎も秋斎同様に勇敢で強いが、大窪氏本人の醸し出す空気も相俟って喜三郎の有能さや常識的な部分が鼻につかない。勇み足の過ぎる兄を見守りながら周りの人物にも配慮できるできた人物なのだが、むしろおとぼけキャラのように扱われてすらいる。とはいえ秋斎共々憎めない。いい兄弟だ。
役者としても役としても多角的な魅力がある。


又蔵を演じる三浦拓真氏は劇団「青年座」に所属する俳優で、青木豪氏演出の作品は『銀河鉄道の父』(2023年9月:自由劇場)から二回目の出演となる。「この人は普段はどんな人なのだろう」と興味がわくほど、役をラフに素のように演じている感じにも、かなり無茶や無理をして挑んでいるようにも見える。又蔵はコメディ部分を担う役所だが、実際にはどんな人でどんな役者か知りたくなるミステリアスな空気を兼ね備えていた。
芝居では、出演シーンでは大声を上げる箇所が多いのだが、その声のボリュームや高低やタイミング、力の入れ方・抜き方が毎回バチッと嵌まっている。実はその調整は難しいのではないかと思うので見事だと感じる。
個人的に、新しい三味線を買ってやると言われた時のリアクションがとても好きだ。

鯖上を演じる南誉士広氏はアクション俳優として活躍しており、出演作を調べてみると時代劇や戦隊ものの実績が多くある。
動きの見せ方を観客からかなりわかりやすいようにしているなと感じた。山路に気を遣いながらも、部下が酷い仕打ちを受けた時に沸き上がる怒りに自分の太腿を叩いたり、刺されて倒れてからも後の展開の伏線のために敢えて肩で大きめに息をしていたりと、誰が見ても理解がしやすいように意識し動いていることが伝わる。
最期の頭からの倒れ方が上手いのも、アクションを極めている人の体幹の強さをダイレクトに感じさせる。

南氏は、本作の殺陣の振り付けも担当している。
殺陣に関しての所感だが、作者は殺陣の善し悪しがわからぬ素人ではあるが、安田氏の構えの姿勢の美しさや、芯がありながらしなやかな身のこなしは素晴らしいと感じる。『カゴツルベ』の時の俊敏・機敏な感じとは殺陣の動き方が違う印象で、ダイナミックさが前面に出ていた。流派の違いのようなものなのだろうか。

邏卒の山路を演じる中村梅雀氏は、歌舞伎役者の家系の生まれだ。1995年に放映されたNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』への出演で一躍有名になり、以降数多くの映像作品や舞台作品に出演している。なお、ピアニストだった母親の影響で音楽に傾倒し、中学時代からバンド活動を始めたそうで、現在もベーシストとしても活躍している。その面を知ったうえで観るとラストの場面がより楽しめる。ギタリストである安田氏と、ベーシストである中村氏の共演いや饗宴である。
芝居はねっとりとした悪党役を見事に憎たらしく演じていた。方言もにおいたつまでの厭味がある。目力や表情も歌舞伎の見得のように観客を惹きつける。また、さすが、刀捌きが大変素晴らしい。芝居にも一切のブレがない。


そして、安田章大氏。
ミツと二人のシーンや終盤の秋斎一人の語りのシーンではそれまでとまた雰囲気が変わり、脚本の良し悪しとは別に、彼の放出の芝居を体感できた。
ミツと二人で村を目指す途中の道で、お互いが心の襖をすこし開くようにして語り合うのだが、秋斎が「自分がいつか飛び込む世界はもう決まってるんだと思ってた、それは面白くないなと思ってた、変わらない世界はつまらないなって」と自分の話をし出すシーン、ここからの安田氏の芝居はぐっと迫ってきて、一気に劇場の空気を、湿度を、時間の流れの感覚を変える。終盤、桜吹雪が舞う中で秋斎が感情や思考や感覚を巡らせ辿り着く到達点までの芝居も同様に。

彼の発する言葉の音は、肌に心地よく纏うことができるヴェールのようでも、静かな夜の窓の外からの雨の気配のようでもある。安心しきって身を任せていたいような、でもどうしてか泣きたくなるような。
彼の目は雲から伸びる天使の梯子の輝く線のようでも、澱んだ井戸の底の揺れのようでもある。神々しくイノセントに澄んでいて、でも玉虫色に混沌としている。
その灯光と暗闇に同時に体を撫でられるような貫かれるような感覚は、彼の芝居からのエネルギーによるものだ。芝居により隅々を愛撫され、芝居により一気に急所を突かれて斬られる。15年前より5年前よりずっと、芝居における野性と理性の絶対数が渦巻くほどに増えている。
役の入り方というか役への在り方も変わったように思う。
5年前の『マニアック』や『忘れてもらえないの歌』では、役を上手く理解し演じているなという印象だった。
そして前回PARCO劇場に立った『リボルバー〜誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?〜』や、その次の主演作の『閃光ばなし』では、自分の心身を芯として役を何層にも塗り重ね、自身にその役としての人間を作り上げていると感じた。そのために公演期間中は舞台に立っている時以外に別のメディアで見ても役のままであるようにすら見えた。
しかし直近の主演作『少女都市からの呼び声』と本作では、自身を軸として塗り重ねるというよりは、舞台に立つ時だけ役の血や脈を自身に巡らせているかのように見えた。
刺爪秋斎の血を、脈拍を、自分の血管に巡らせ心臓に拍動させているかのようで、もはや板の上の彼は演じているという概念すら観客に失くさせる。他の世の役者とはどうしても違う、生臭いほどのエナジーが在る。



一公演一公演に真摯に向き合う役者たちの姿は、今、舞台のうえでしか描かれない、生きた一枚の浮世絵のようである。まさに描かれている今しか、1時間50分のその最中にしか観ることができない一公演の一枚を、難しく考えず眺めに行くことも一興だろう。


■■ Information ■■
PARCO PRODUCE 2024
『あのよこのよ』

【東京公演】
■公演日程
2024年4月8日(月) ~ 2024年4月29日(月・祝)

■会場
PARCO劇場

■料金 (全席指定・税込)
S席:12,000円

■上演時間
約1時間50分 (休憩なし)

■主催/企画・製作
株式会社パルコ

【大阪公演】
■公演日程
2024年5月3日(金・祝)~5月10日(金)

■会場
東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール

■料金 (全席指定・税込)
S席:12,000円、A席:9,800円

■主催
ABCテレビ / サンライズプロモーション大阪


【作・演出】
青木豪

【出演】
安田章大
潤花 池谷のぶえ 落合モトキ 大窪人衛 村木仁 南誉士広 三浦拓真
川島弘之 益川和久 岩崎祐也 鈴木幸二
市川しんぺー 中村梅雀

【公式HP】
https://stage.parco.jp/program/anoyokonoyo

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