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読書感想文|歴史からの跳躍

ケン・リュウ(古沢嘉通 訳)『紙の動物園』新潮クレスト・ブックス

ここには美しさと驚異があると同時に恐怖と死がある。

p. 117

S Fが苦手。わたしの脳内プロセッサでは追いつかなくて。
だけど、S Fのおもしろさを知りたい、楽しみたい。
そんなことを読書会で知り合った方にぼやいたら、本書を紹介してくれた。
ドキドキしながら読んでみた。

結論:教えてもらえてよかった!心から感謝!!(平伏)

おもしろかった。すごかった。しんどいほどに心臓を揺さぶられまくった。
あっという間に読んでしまった。

上述の引用は「太平洋横断海底トンネル小史」に出てくる一文なのだけど、わたしが本書を読み終えて思ったことがまさにこれ。

・・・

本書は中国にルーツを持つアメリカ人小説家ケン・リュウによる短編が7編収録されている。

わたしにとっては不慣れなSFやファンタジー要素が散りばめられていて、身構えちゃったり足踏みしちゃったりしたところもあった。
だけど、わたしの脳みそでも理解が追いつけるものが多くて、絵が頭に浮かびやすかった。
それに何より、核となるのはあくまで「人間」。それでわたしは入り込めた。

実在した歴史上の人物、出来事、事件などを基準点に、そこに緻密な創作を加えることで跳躍した世界観を構築している、といった印象。
その跳躍されたところには、割とあらゆるものへの皮肉を感じる。
科学技術の進歩、歴史、国、そしてヒトへの。
そこが難しくもあるけれど、わたしにとっては魅力的で興味深い要素だった。

「紙の動物園」(The Paper Menagerie)

アメリカ生まれの「ぼく」、香港出身で英語がほとんど話せない母さん、母さんが命を吹き込んだ折り紙の動物たち。

書名にもなっているこれが1編目なのだけど、早々に本書一泣いた。泣かされた。
行きつけの喫茶店でこの話を読んでいたのだけど、べそべそに泣いてしまって止められなかった。
店員さんやお隣さんにドン引きされてたかも。

「ぼく」が、自分や母のルーツと、目の前にある世界(社会)への順応の間で揺れ動く様には、ジュンパ・ラヒリの『その名にちなんで』に通ずるものを感じた。

「月へ」(To the Moon)

「月へ行く」と出た瞬間に、わたしのSF苦手センサーがビビッと反応した。
でも、月人の排他的で潔癖主義的な傲慢さは、現実社会でも見覚え、聞き覚えのある姿。

「結縄」(Tying Knots)

昔テレビか何かで見たインカ帝国の縄文字を思い出した。そして「搾取」という単語も頭をよぎった。

経済的な発展は必ずしも「善」なのか。

太平洋横断海底トンネル小史

大恐慌が起こったとき、景気回復策として太平洋横断海底トンネルを作ったら…というパラレルワールドの話。
主人公は、そのトンネル掘削に従事(加担というべきか)した男。

日本が深く関わってくる話で、裕仁天皇やロンドン海軍軍縮条約、東條英機といった語彙が登場する。

「心智五行」(The Five Elements of the Heart Mind)

遭難した宇宙船がある惑星に不時着。そこで原始的な暮らしをしている人たち、特にある男性が、搭乗していた女性を助ける。
設定は、映画とかでも目にする割と古典的、王道的なものであるようだけど、五行を取り入れているところがポイントのよう。

脳で決めるか、腹(ガット)で決めるか。

「愛のアルゴリズム」(The Algorithms for Love)

アンドロイド設計者の女性と、その旦那さんが主な登場人物。
読んでいく中で「不気味の谷」という言葉が頭に浮かんだ。
実際、その理論で提唱されているグラフ推移に沿って物語が展開している感じがする。
ただし、その先で震え上がる。

「文字占い師」(The Literomancer)

テキサスから台湾へ引っ越してきた一家、その娘リリーが主人公。
台湾と中国、共産主義、二・二八事件…歴史的事件、軋轢が本書の中でも一際色濃く重く描かれている。
その辺りの知識が貧弱なあまり、理解できていないところが多い。
それでも、わからないながらも胸にくるものに打ちのめされた。

S F要素は薄くて幻想寄り。
漢字をモチーフにしているところは、日本人にはとても馴染み深いはず。

この最後の一編は電車で読んでいたのだけど、最後10ページで鼻涙管が馬鹿になった。
マスクで多少隠れてたかもしれないけど、近隣の方に気味悪がられたかも。

・・・

初めてSFを読了できた。嬉しい。
(レイ・ブラッドベリ『華氏451度』も読んだけど、あれは事前学習があったから読めた訳で、予備知識なしでSF小説を読んだのはたぶん今回が初)

ほかのSF小説にもじゃんじゃん挑戦しよう!という調子にはまだ至っていないけれど、少なくとも早川文庫のケン・リュウ短編シリーズは読み進めていきたい。

その前に、本書を課題本にして、友人と身内で読書会を開く予定なので、さらに読み込んでいかねば。

非凡なのは自分たちが非凡だと信じているからだ。

p. 54

いずれもたんなる空虚な言葉に過ぎない。神話だ。だが、そうした神話は強力な力を持っており、生贄を要求する。

p. 232


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