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R怪談「未来の世界の猫型クリーナー」


202X年。
家庭用の自動掃除機は、機能が充実し群雄割拠の状態であった。
どのメーカーも新機能を追加し、差別化を図っていたが、
佐賀県の無名の小さな電機メーカーが発売した「シャット・アール」というクリーナーが密かな人気を集めていた。

「シャット・アール」は大小二つの黒い半球を合わせたようなシルエットで、小さい半球の上部には、三角形のセンサーが二つ並んでいる。
一見すると、少し太めの黒猫のような形状をしているのだ。

スイッチを入れると自動で動き回り、部屋中を掃除してくれるのは他の自動掃除機と同じだが、その形状が癒しに繋がると女性に人気だった。

「『私は、奥様の味方ナンバーワンです』だって。こいつはさ、他のと違って強力な吸引装置と噴射式の掃除機能を備えてるんだ。だから猫が壁を引っ掻くように、ぴったりと壁に貼りついて、クロスの手あか汚れまで洗い落としてくれるんだって。形だけじゃなくって機能もすごいんだよ」

芳夫はまるで自分が開発したかのように、買って来た「シャット・アール」の自慢を始めた。家電自慢が始まると、2時間は止まらない。洗い物が残っていようと、料理の途中だろうと、三津恵はソファーに座って「ありがたいお話」を聞かなければならないのだ。

途中で席を立って別の家事の一つもしようとしたら・・・

「何だお前! 俺の話を聞かないつもりかー!」

と一瞬にしてキレまくり、三津恵を捕まえては何度も殴る。

それが怖くて、芳夫が新しい家電を買って来る度に、三津恵は背筋が凍る思いをしながら、説明を聞く。聴いている間に何も起こらなければ、満足して芳夫は寝室に向かう。家電さえなければ、良い夫なのだ。

「この自動掃除機はさ、掃除で発生する汚れ水を本体内のフィルターを通してろ過して、残りの水分は空気中に蒸発させるんだ。ゴミも汚れも消し去るから捨てるゴミの量は少ないから、三津恵は又楽になるね。そんなに楽してどうするんだって感じだな」

「え、ええ・・・」

「大丈夫だよ。別に責めてるわけじゃないんだから。奥さんには楽になって欲しいのさ」

芳夫は眉をハの字に曲げて笑った。この笑顔に騙されたんだ。
三津恵はそう思ったが口には出さなかった。

「あれ。このボタンなんだろう。え~と取説には、「女性のための補助機能」としか書いてないなぁ。最近の取説は言葉足らずで困る。本当に日本人が書いているのか怪しいな」

芳夫は取扱説明書を見ながら、AIMと書かれたボタンを押した。

「シャット・アール」は、

『ミャ~オ』

と機械的なネコ撫で声を発して動かなくなった。

「壊れてたの?」

三津恵が迂闊な一言を発した。

芳夫は家電が壊れるのが一番嫌いだった。しかも壊れたものを掴まされたとなると、怒髪天を突くほどの怒りを表す。

「僕の買って来た家電が、壊れている訳ないだろう!」

その日は特に酷かった。
三津恵の長い髪を掴み、ソファーに押し倒し馬乗りになると、腕を後ろ手に捻り上げ、背中から脇腹にかけて何度も殴りつけた。
拳が当たらるたびに、骨が軋む鈍い音がする。
目立たないところしか殴らないのが、さらにたちが悪い。

15分ほど殴り三津恵が動かなくなると、芳夫は立ち上がり、
ベッドルームに向かった。

事態は一瞬で起こった。

テーブルの下でじっとしていた「シャット・アール」が、高速で飛び出してきたかと思うと、下ろしかけた芳夫の右足を弾くように走り抜けたのだ。

それは絶妙のタイミングだった。

軸足から体重を移してきた一番不安定なバランスの時に足をすくわれた芳夫の体が、嘘のように大きく軽く回って倒れ、金属製のテーブルの角に後頭部をぶつけた。

グジャっと鈍い音がした後、倒れた芳夫は二度と動かなかった。
その頭から赤い血が流れ出ている。

「シャット・アール」は再び芳夫に近づき、限りなく流れ出てくる血をどんどん吸い込んでいった。

しばらくして、血が流れなくなると、「シャット・アール」は床の汚れも奇麗にふき取り、ひと言音声を発生した。

『ミャ~オ』

そして、ゴロゴロとタイヤの転がる音を立てて
気絶したままの三津恵の足元に絡みつくと、そのまま動かなくなった。

         おわり



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