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「ないしょの輪舞曲(ロンド)」・・・親友の不倫疑惑の調査を命じられた彼女は。


『ないしょの輪舞曲(ロンド)』


木々の間を抜ける風が色づいた葉を揺らし
テーブルに置かれたシクラメンとともに季節のコンチェルトを奏でていた。

「あったか~い」

マーサこと、朝比奈茉麻は、
ホットココアのカップを両手で抱えて言った。

「ごめんね。オープンカフェはちょっと寒かったね」

そう言いながらも私は、
お店の中に入るという選択肢を無視して
湯気の上がるカフェオレを見つめた。

「平気だよ、沙織。あたしもここ好きだし」

短い返事の中にも、
相手に気を遣わせないひと言を必ず付け加えるのがマーサだ。

性格が男前なのだ。
そんな飾らない性格と配慮ある働きが取引先にも気に入られて、
女性ながら営業部でトップの成績を上げている。


音楽堂から輪舞曲が流れてくる。

付属するこのカフェは、コンサートがある日は、中の席が使えない。

銀杏並木に面したテーブルだけが、一般客に開放されている。


静かすぎて会話が筒抜けになる室内の席とは違い、
適度に街中の騒音がして、会話が他の席に届く心配がない

仕事の打ち合わせには重宝している。
まわりに聞かれたくない話をするには良い環境なのだ。


先週も、「冷徹仮面」と揶揄されている私の上司、
人事部の山田さんと一緒にこの席に座った。
そして、この上なく嫌な仕事を仰せつかったのだ。

「営業の尾崎部長が、朝比奈を課長に抜擢したいと言ってきたんだ。
君、何も無いか、それとなく探ってくれたまえ」

『何も無いか』に男女の関係が含まれることは言うまでもない。

マーサが大きな仕事を成功させたという話は聞いていたけど、
最年少の女性管理職ともなると、
下衆な勘繰りとの戦いは避けられないのか。

顔中に不満を浮かべた私に、冷徹仮面は眉一つ動かさず言った。

「業務命令だ」


冷たい言葉を思い出しながら私は考えた。

異例すぎる出世で、枕営業を疑われたなんて聞いたら、
常に男どもをライバル視してきたマーサ
人事部に殴り込みをかけるかもしれない。
心の内を悟られない様に、慎重にいかなければならない。

入社式以来七年、
友人の結婚式に着ていくドレスを貸し借りする仲の私たちだ。

もちろん私は、誰よりもマーサを信じている

信じているけど、業務命令と言われれば、
形だけでも調べない訳にはいかない。


私は徹夜で考えた作戦を、頭の中でおさらいした。

まず、カフェで少しリラックスしたのを見計らって、
最近占いに凝っているの』と言って
マーサの手相を見るふりをする。

そしたら、思いっきり深刻な顔つきで、

『禁断の恋の相が出ているわよ』

と直球のキーワードを言う。

普段のマーサなら、間違いなく爆笑。

『人の道を踏み外してまで手に入れたい男が
この世にいるんなら、今ここに出してみろってんだ』

くらいの事は言うだろう。

だけどもし、普段と違って言葉に詰まったり
少しでも動揺したら・・・残念ながら、マーサは黒だ

頭の中で手順を繰り返していると
テーブルに置かれた花を見ていたマーサが呟いた。

「シクラメンの花言葉は『遠慮』と『はにかみ』なんだって。
恥ずかしそうに下向きに咲くかららしいよ」

私は言葉を飲み込んだ。一体どうしたのだ、マーサ

そんなロマンチックな話題が、あんたの口から出てくるなんて
とても信じられない。
しかし、その後のセリフはさらに私を動揺させた。

「あたしね。部長と付き合っているの」

「えええ?」

あまりに予想外の展開。
確かに、その答えを得るために
わざわざオープンカフェまで連れ出したんだけど、
まだ作戦は始まってないのに、どうしてくれるのよ。

労せずに得た結論よりも、徹夜で考えた作戦が
使えなかった事を残念に思っている自分にちょっと驚いた。

「な、何? 誰と付き合ってるって?」

「だから、部長と」

何度聞いても答えは同じだった。

ああ、もう!
どうしろというのだ。マーサ。

モラルの代弁者として人の道を説くべきなのか、
それとも共犯者となって、親友の昇進を守るべきか
屈託のないマーサの笑顔を突き付けられて私は迷った。

心音がフォルテシモ以上の高鳴りを告げたが、
エンディングはあっけなかった。

「沙織のところの・・・つまり、人事部の山田部長と付き合ってるの」

「え?ウチの? 人事部の? 営業の尾崎部長じゃなくて?」

「なんであのデブ部長が出てくるのよ。
確かに尾崎部長は、ちゃんと実力で部下を評価する
良い人だけど、結婚して子供もいるじゃない。
そうじゃなくて人事部長の山田さんよ」

それからマーサは、

『沙織には知っておいて欲しいの』

と言って、三十路の独身女には辛すぎるエピソード
事細かに紹介した。

初めてのデート。初めてのプレゼント。初めてのキス。

そして、意外にもというか、やはりというか、
山田部長は、深い関係になる前にプロポーズしたらしい。

「でもね。プロポーズされたのはいいんだけど
最近、妙にぎくしゃくしてるのよね。
芸能人の浮気とか不倫の話題になると黙り込むし、何か怪しいのよ。
あたし、二股かけられてるのかな、どう思う?」

不安を語るマーサを見て、私は全てを理解した。

つまり、マーサの昇進話を聞いた純情な堅物人事部長が、
勝手に枕営業を妄想し、

不安のあまり、業務命令にかこつけて
部下の私に浮気調査をさせた
という事だ。

冷徹仮面と噂される人事部長と、男勝りで何事にも積極的なマーサが、
お互いの真意を測りかねて
中学生レベルのやきもちを焼きあっているなんて・・・
もう笑うしかないなぁ。

「何よ。こっちは真剣に心配してるんだから」

堪えきれず浮かべた微笑みに、マーサは口を尖らせた。

『大丈夫だよ、マーサ。あんたは愛されているから』

そう心の中で呟きながら、
もう少しだけ黙って眺めることにした。

シクラメンのように首をうなだれて、
ココアのスプーンを回しているマーサの姿が
まるで輪舞曲に合わせて指先で踊っているように、可愛く思えたからだ。


                 おわり

以前、ラヂオつくばで披露した作品を、加筆改訂しました。

音楽堂のイメージは東京文化会館ですが、実際の建物とは関係ありません。





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