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「闇が覆う村」・・・不思議な話。薬売りが辿り着いたのは、異常な村だった。


『闇が覆う村』


元禄が終わり、江戸の人々が華やかだった時代の名残を忘れつつあった頃。

越中で眼病に聞くという新しい点眼薬を仕入れた薬売り仙吉が
武蔵国を目指して脇街道を歩いていた。

「おかしいな。これまで何度も通った道なのに」

歩きなれた道のはずなのに、仙吉はいつの間にか見知らぬ田園地帯に出てしまった。

「まだ陽も高いし焦ることはあるまい」

仙吉は持って来た握り飯を頬張り、見通しの良い畔道を歩き続けた。

しばらく行くと、道の真ん中に古い木製の鳥居が立っていた。
一礼して鳥居をくぐった仙吉は思わず声を上げた。

「え? 何が起こった?」

突然、青空は漆黒に変わり星が瞬いていた。
頭上で輝いていた太陽が姿を消し、代わりに月明かりが道の先を照らしている。

「もう夜・・・いやそんな筈はない、たった今までお天道様は真上にあった」

仙吉は首筋に垂れる汗を確かめた。
それは暑い中を歩いてきた証しであった。

天を仰ぐと、星空を背景に鳥居が立っている。

「ワシは確かにこの鳥居をくぐって・・・」

後ろに一歩下がって鳥居の向こうに戻った仙吉は、又声を上げた。

そこは明るい陽が射す昼だった。

「何と奇妙な。ワシは狐にでも騙されておるのか」

普通なら尻尾を撒いて逃げるところだが、仙吉は薬売り。
旅の道すがら奇妙な出来事に出会うことも少なくない。

それに、不思議な出来事は、商売道具の一つでもあった。
取引先や客から旅の途中で知った珍しい話、不思議な話を求められることがある。不思議は、客との会話に欠かせない大事な手土産なのだ。

「これは又一つ話のネタができそうじゃわい」

仙吉はもう一度鳥居をくぐり直し、夜の道に入っていった。

畔道はどこまでも夜だった。
ひんやりとした風が、すぐに汗を乾かしてくれた。

小半時も歩いたであろうか、
古い水飲み場を曲がると、小さな集落が道の向こうに見えて来た。

家々の回りには田畑が広がっていたが、植えられている果実の木々も、
水田の稲穂も、皆枯れている。

「あんた。どこのもんだ」

突然背後の田んぼの中から声かがかかった。

鍬を手に、くたびれた手拭いでほっかぶりをした老人だった。
白い顔に深い皺。目の光だけが爛々としている。

「あ。ワシは越中から来た薬売りで、武蔵の国に向かう途中、
この村を通りかかったのですが」

「ふん。薬売りか、縁起でもない。早う通り抜けい」

「はあ・・・ですが、こんな暗い中、畑仕事ですかご精が出ますね」

仙吉は商人の性分でご機嫌伺いをしたが、老人の返事はつれなかった。

「暗いも何も、ずっと夜中じゃからな、いつ畑に出ても同じじゃ」

「ずっと夜中? 陽は上らんのですか? もう何日くらい上らんのです?」

「分からん。あまりにも長くて、誰も月日を数えなくなった。
数えようにも、陽が出んことには数えようがない。ワシの孫たちは青空もお天道様も知らん。咲き誇る花も知らん。豊かな実りも知らん。
ただ残った米やヒエを貪り食って、歳を取っていくだけじゃ」

「ではなぜ、こんな夜ばかりの土地に住んでいるんです。
この道の先にあった鳥居の向こうは、普通に昼ですよ」

「若くて知恵のあるもんは、とうの昔に鳥居の向こうへ出ていきよった。
だがな。わしら年寄りには無理じゃ。あそこは〇〇が違う」

「え?何です?」

「〇〇じゃ。〇〇が違うんじゃ」

仙吉は何度も聞き返したが、いくら聞いても〇〇の部分が
何と言っているのか聞き取れなかった。

何度目かの聞き返しの時、良く聞き取ろうとした耳を澄ました時、
遠くから祭りばやしが聞こえた。

「村祭りですか?」

「もう一年も前からの。あいつらは何も見ようとせず、浮かれとる。
仕事を忘れて祭りばかりして、祭りが終わったらどうするんじゃ。
村中の薪も酒も食いもんも集めて祭りに使い続けておる。
来年も再来年も食うものが作れるか分からんと言うのに」

そう言って老人は、仙吉に背中を向け、鍬を田に振り下ろし始めた。

仙吉は思った。

「おそらくもう何年も自分では闇を抜けようとはせず、
愚痴を言って作業をするだけなのだろう。

昼を望むものは出て行ってしまったというし、
残っているのは、何もしようとしない老人と、祭りに浮かれて貯め込んだ食い物も薪も使い切ろうとしている村人たちだけか。
この村にいる者たちは、誰も昼を望んでおらんのか」

仙吉は少し腹が立った。

祭りばやしが木々に囲まれた小高い丘の向こうから聞こえている。
おそらくはたくさんのかがり火を焚いているのであろう。
暗い夜の村の中で、その丘の向こうから漏れてくる光だけが、恐ろしいほど明るい。


「この村にはいられないな・・・」

一瞬そう考えた仙吉だったが、すぐ脇の田んぼの中で、
腰をさすりながら鍬を振るう老人を見て考えを変えた。

「夜ばかり続いておれば、体の具合も悪くなる。
祭りが終わって、浮かれた気分が収まれば、体の不調にも気づくだろう。
そうなったら、絶対に薬が必要になる」

仙吉は、農作業をする老人の後ろ姿に頭を下げて
今来た道を戻って行った。

「ようし、一儲けしてやるぞ。薬を仕入れて戻るまで、祭りも夜も続いていてくれよ」

一攫千金を夢みる仙吉は、次第にその足が速くなった。

しかし、その夢は叶わなかった。

急ぐ歩みと一緒に、闇が移動していったのだ。
闇はどこまでも付いて来て、先ほどの鳥居にも辿り着けなかった。
仙吉が望んだとおり、いつまでも夜は続いた。彼の回りで。

やがて仙吉は夜の闇に道に見失い、
その後、姿を見ることはなかった。


この話がどのようにして伝わったのかは定かではない。
しかし、口伝えに語り継ぐ人々は、
物語の最後を必ずこのように締めたという。


「どんなに光が遠くとも、闇が続くことを望んではいけない」

                     おわり






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