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「二人旅」・・・友人が探し出してきた宿の恐怖。


『二人旅』

「篠原。落ち込むな。まだ可能性はゼロじゃないぞ」

助手席の結城が、伸ばし放題の顎髭をさすりながら言った。

「幽ナビによると、今日の宿は、座敷童遭遇率32%だ。きっと良いことがあるさ」

「あのサイトのランキングは当てにならないよ。
これまでだって、心霊写真撮影率69%の洞窟。
金縛り率53%のホテル。幽霊遭遇率22%の民宿とか試したけど
一度も奇怪な目に逢った事が無いじゃないか」

「それはお前が一人で行ったからだ。今日は俺がいる。
諦めるにはまだ早いぞ。信じていれば童さまが幸運を授けてくれる」

結城があきらめるなと言っているのは、座敷童に会う事だけじゃない。
受けた会社から一件の内定連絡もなく、3月も終わろうとしている俺に
諦めるなと言ってくれているのだ。

だが俺はもう4月からのバイト生活を覚悟している。
もちろん奨学金は返す当ての無い借金となる。
本来は、卒業記念の誰にも気兼ねしない気楽な旅だったはずなのに、
実家の親の顔が浮かんで全く楽しめないでいる。

今回結城が誘ってきたのは、東北のあまり人のいかない山の中にある古い旅館だ。
数年前に、少しだけ座敷童の宿として話題になり、俺もずっと気になっていたのだが、
泊まりに行く機会がなかった。
宿の方は、交通の便の悪さもあって、座敷童の噂もたち消えになって、
最近の宿泊客は、当時の10分の一程度に減ってしまったらしい。

朝から車を飛ばしても、到着は午後8時を過ぎてしまう事が分かったので、
俺たちは、途中で弁当を買い込み、
宿に入る前に、ついでに近隣の心霊スポットを回る予定を組んだ。

夕暮れ時に子供の泣き声がするという村はずれの大石や
森の中で朽ちるがままの落ち武者の祠を巡り、
廃線により使われなくなったトンネルの中で弁当を食べた。

ここで食事をしていると、飢饉で亡くなった子供の霊が、
食べ物を求めて現れるという噂があったからだ。

「幽ナビによると、何人も目撃した人がいるらしいけど、今日は何も起こらないな」

「だから当てにならないんだって、早く宿に入ろうぜ」

俺たちが宿に入ったのは、夜8時半を回っていた。

夕食をとらないので、宿の対応も素っ気ない。
フロントで宿帳に名前を書くと、
女将がめんどくさそうな顔をして部屋に案内した。

特に特徴が無いありふれた旅館の和室だが、
小さいながらもかけ流しの露天風呂が付いているのが良かった。

汗を流して一服すると、当然のように宿の話になった。

「出るのは、離れの一室らしいが普段は人を入れてないらしい。
夜中にこっそり行ってみないか」

特に断る理由もない。
真夜中になって旅館のスタッフも寝静まった頃、俺たちは部屋を抜け出した。

結城は顎鬚をさすりながら、小さな常夜灯だけの薄暗い廊下を迷いなく歩いて行った。

廊下の終点を右に折れると、大きな扉があった。

「ここだ。開けるぞ」

「ちょっと待て。何か聞こえないか」

廊下を歩いている時から、俺の耳には、ボンボンという
何か柔らかいものが、ぶつかるような音が聞こえていた。

それが扉の前に来て、大きくなったような気がした。

「何も聞こえないぜ。気のせいだろう」

「いや。ちょっと待て、この先、何かあるかもしれない」

「だから? 何かあるなら好都合じゃないか。
初めて本物の幽霊に会えるかもしれないぜ」

「でも・・・」

俺は急に不安になった。何があるのか分からないが、俺の耳にはまだ音が聞こえている。

ボ~ン、ボ~ン。

「あきらめるのか?」

昼間心霊スポットを回った緊張が影響しているのだろうか、俺は少し頭が重かった。

「あきらめるのか? 篠原」

もう一度結城が聞いた。
結城は、この度の間中、俺に『あきらめるな』と言い続けている。

俺の本心も、あきらめたくはない。

「大丈夫だ。開けよう」

結城は頷いて手に力を込めた。

ぎいいい~と大きな音がして、扉が開いた。

音が更に大きくなり、扉の向こうの闇の中で、何かが上下に動いているのが分かった。

人の身長ほどもある巨大な丸い玉のようだ。
玉の表面にある金糸銀糸が時折、常夜灯の灯りを映して輝いている。

ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン、ボ~ン。

俺は、上下する玉の動きを追うように天井を見上げた。

玉の上には、巨大な手があった。その手はやはり大きな赤い着物の袖から伸びている。

闇の中に目を凝らすと、三階の屋根に届きそうなくらい大きな女の子が、
おかっぱの髪を揺らしながら、闇の中で巨大な毬をついていたのだ。

「うわあ!」

その異様な姿に、俺は声を上げた。

女の子は俺を見下ろし、切れ長の澄んだ目を細めて笑った。

「うわああああ!」

そのまま俺はしゃがみ込んで気を失った。
意識が遠くなる俺の耳に、上下に跳ねる毬の音だけが残っていた。

翌朝、俺は布団の中で目を覚ました。
朝の光が部屋の奥まで差し込み、チュンチュンと鳥が楽しそうに窓辺を飛んでいた。
俺は布団を跳ねのけると、部屋の中に結城の姿を探した。

「結城。佑樹どこだ? 結城!」

返事は無かった。
洗面にも浴室にも結城はいない。

おれは寝間着の乱れも直さず、フロントに向かった。
帳場の隅で女将が宿帳を確認していた。

「女将さん。ウチの連れを見ませんでしたか?」

「お連れ様ですか・・・」

「ほら。俺と同じくらいの背格好で顎鬚のある男。
夜中に隣の二階建ての離れに行って・・・その、変なものを見て・・・
とにかく、連れの姿が見えないんだ」

女将は不思議そうな顔で俺を見た。

「離れ? 当館は離れも別館もございませんが、
どちらかと勘違いなさっていらっしゃるのでは?」

女将は横の壁に貼られている「非常時の脱出経路図」を指さした。

俺たちが昨夜歩いた廊下は、ただ真っすぐに建物の端まで伸びていて
その先には確かに何も書かれていなかった。

「ここ、ここ。この廊下を右に曲がると、大きな扉があって、
連れの勇気と一緒にその中に入ったんだよ」

「お客様。先ほどから連れ連れとおっしゃいますが、
昨夜お泊りになっているのは、お客様だけでございますよ」

「そんな筈はない。ほら見て。この男ですよ」

俺は携帯を散り出し、昨日撮った写真を見返した。
しかしどれを見ても俺が一人で自撮りしているだけで
他には誰も写っていなかった。

「そんなバカな。俺はずっと一緒にいたんだ。
車で待ち合わせて・・・」

そこまで話して俺は気が付いた。

『あれ? 結城とはどこからいっしょだったんだろう』

結城の事を説明しようとして俺は言葉に詰まった。
もっと恐ろしいことに気が付いたからだ。

「結城と知り合ったのは・・・どこだ?
なぜ俺はあいつと一緒に旅行をしていたんだ。
いや。そもそも結城って誰だ・・・」

俺は何も思い出せなかった。

俺は、必死に昨夜見たものを思い出そうとした。
どこまでも広がる闇の中に、巨大な座敷童が毬をついている。
その横で、結城がこちらを向いてニッコりと笑っていた。

ピロン!

その時、携帯のメール着信音が鳴った。

見ると、数か月前に就活で訪れた会社の面接官からだった。

そのメールには、「内定」の文字があった。

                         おわり

幸福をもたらすという座敷童の宿は、現代でも人気ですよね。
座敷童以外にも、出世する宿、お金持ちになる宿など、ご利益のある宿も
色々あります。
もしかすると、多くの人が出会った幸福や幸運に対する感謝が、長い歴史のある宿には
積み上がって、新たな幸福を生み出しているのかもしれませんね。

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