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「セールスマンの死」・・・名作は常に「今」を照らし、受け継がれる。


「セールスマンの死」渋谷PARCO劇場・ほか全国で。

その男は、「希望」と言う名の麻薬と、「夢」と言う名の劇薬を自ら処方していた。
それらは徐々に過剰になり、ついには自らも家庭も崩壊させていく。
しかし、この悲劇は、現代の日本でこそ、目にする必要がある。

主人公のセールスマン、ウィリアムは日頃から、「俺は優秀だ。俺が行くだけでどんな会社も営業に応じてくれる、そんな素晴らしい仕事ぶりは会社からも重宝されている。俺の人生は素晴らしいんだ」と、家庭では豪語している。
さらに子供たちには「良い人間として生きろ。良い人間であれば、多くの人に助けてもらえる。そういう人が成功する」と言い聞かせている。

しかし、実際はお情けで雇ってもらっている友人の会社をクビ寸前。
さらに、学生時代はクォーターバックとしてもてはやされていた長男が、
卒業前の試験でしくじり、就職しても次々と失敗し、やさぐれている。
やがてウイリアムは・・・。

という物語だが、
これは舞台の上だけの話ではない。
目を周りに向ければ、いくらでも似たような現実は存在する。

例えば、自らの「夢」を生み出すために必要な資金と時間と労力を計算することなく
「行動しないことによって無くならない可能性」を後生大事に抱えて、
ただ漫然と生きているような生き方だ。
「夢」に向き合うなら、実現への道のりを探り、そのために必要なものに
情熱を注ぐべきなのだ。

まずは、ゴールとそこへ続く、着実な道の長さを見つめる事だ。

ウイリアムもそれを見つめることが出来ず、
「夢」と「希望」という劇薬の中毒性にばかり浸っていた。

その処方箋は、もしかすると、「自らの人生に対する冷徹なまでの観察眼」なのかもしれない、と思った。

昔、この物語の感想を、若い世代と交わしたことがある。
就職を控える学生だった彼は、

「やりがい搾取、とかよくドキュメンタリーなどで言われますが、
就職して、搾取されるほどの「夢」も見つからなかったら
どうすれば良いんですかね」

と、真顔で聞いてきた。

そんじゃそこらの怪談より恐ろしいものを感じ、
私は答えに窮した。

『きっと何か見つかるさ』
とも
『見つからなければ、見つかるまで仮に働けばいいんだ』
とも言えなかった。

その時、まだ若かった私には、劇薬の中毒性は感じても、
冷静さに処方箋を語れるほどの経験が無かったのだ。

その思いを込めて、多くの人に見てもらいたい。

舞台中央には、巨大な冷蔵庫が置かれている。
クライマックスになり、その象徴としての意味が観客に伝わってくる。

そして、
この冷蔵庫があることで、物語がただの絵空事ではなく。
我々が目を逸らせてはいけない、身近な場所にあるものだと、
否応なしに迫ってくるのである。

世界中の名優が演じ続けてきたアーサー・ミラーの代表作『セールスマンの死』
作 アーサー・ミラー
翻訳 広田敦郎
演出 ショーン・ホームズ
出演 段田安則 鈴木保奈美 福士誠治 林遣都 / 前原滉 山岸門人 町田マリー 皆本麻帆 安宅陽子 / 鶴見辰吾 高橋克実

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