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楽しい乗り物ぺてぺて

 世の中には様々な乗り物が存在する。古典的な乗り物としては馬やロバが車を曳くというのがあったし、現代では鉄の塊が空を飛んでいる。自分でころころ漕いでいく自転車もあれば、都市の地下には無数の地下鉄トンネルが通っている。
 そんな都市のなかで便利な移動手段のひとつといえばバスである。決まったルート上にある停留所で乗客を乗降させ、料金体系もはっきりしている。僕の出身の大阪やいま住んでいる東京であれば都市内での運賃は均一でわかりやすい。電車ほどは大きくないものの、ある程度の詰め込みができる大きな車体をもち、それなりに小回りが利く。都市バスの強みである。

 とうぜんながら東南アジアの大国インドネシアにもバスは走っている。おそらく人間がある程度まとまった人数住んでいるところであれば、バスのような乗合自動車は存在する。大阪や東京のバスと同じく、ルートと停留所が決まっていて、距離に応じて料金を支払うという「バス」という乗り物があり、ジャカルタなど一部の市内バスでは鉄道の改札のようなものを設置していることもある。

 停留所に改札機もついているようなバスが走り出したのは最近のことで、停留所が決まっているようなバスもジャカルタなどの大都市でしか見かけない乗り物である。インドネシア各地に以前から走っているのは「アンコット」と呼ばれる、バスとタクシーを足して2で割ったような乗り物だ。いや、タクシー要素はそんなにないかもしれない。
 バスのようにルートは決まっているが停留所がないのである。乗りたいところで手を挙げれば停まってくれるし、降りたいところでは「降りる」と叫んだり合図をすれば降ろしてくれる。運転手はなぜかちゃんと乗った場所を覚えているので、そこからの距離運賃が請求される。たいていたいした額にはならない。
 この形態の乗り物は東南アジアでいえばフィリピンやタイにも走っている。インドネシアのそれはミニバンを改造したもので、たいていドアは開けっ放しである。

一般的なアンコット(西ジャワ州バンドン)

 アンコットというのはangkutan kota(都市輸送)を省略したものである。ただ全国的にアンコットと呼ばれているわけではなく、地域によってミクロレットとかリンとか呼ばれたりするのだが、いちばんかわいいのはスラウェシ島マカッサルである。世界史の教科書で「セレベス」と習った人も少なくないだろう。マカッサルじたいもかつてはウジュンパンダンと呼ばれていたが、それはさておき、彼の地でこの乗り物は「ペテペテ」と呼ばれる。
 オランダ時代のコインのことを「ペテ」と呼んでいたそうで、ペテで乗れる、つまり運賃がワンコインだった名残で「ペテペテ」と呼ぶ・・・とマカッサルの人が言っていたが、真相はわからない。ネットで軽く調べると概ね合っているらしい。

 アンコットやペテペテには番号や行き先などが書いてあるが、停留所もなければ案内もない。わからなければ目的地のほうまで行くのかを運転手に尋ねてみるのが早い。「こいつは行くぜ」とか「オレのは行かないが〇〇番のペテペテが行く」とか教えてくれる。ただしインドネシア語能力を要求される。

マカッサルのペテペテは水色

 アンコットやペテペテはお金持ちが所有していて、ドライバーに一日いくらという契約で貸し出す。お金持ちからすれば副業みたいなかんじらしい。一日の車両代より儲けた分はまるまる自分のものになるので、そのお金が自分の給料やガソリン代、車両メンテナンス代になる。どこかで統括する営業所などがあるわけではないので、住宅街を歩いていると家のガレージ(というか家の前の道路)に停まっている稼働していない日のアンコットを見かけることがある。走って乗客を乗せた分だけ儲かるシステムなので、走っているペテペテをいったん止めても満員でなければちゃんと停まって質問に答えてくれる。自分の客なら逃せられないからだ。

ペテペテの運ちゃん。天井は低いが車内は開放的。

 ペテペテと呼ばれるマカッサルでも、アンコットと呼ばれるジャカルタでも、乗れば等身大のインドネシアを感じることができる。庶民の足、と呼べる乗り物はちゃんと停留所が決まっているバスだったり、東京で走っていた車両を使用している国鉄電車などいろいろあるのだが、町並みや人との距離が近いのは何といってもアンコット、ミクロレット、ペテペテなどである。もういちどおさらいだが、呼び名は違っても乗り物の種類は同じだ。
 インドネシアには乗合自動車や鉄道に見向きもせず専属の運転手つきの自家用車だけで移動するような人たちもたくさんいる。彼らもまたインドネシアの人々であるし、彼らの視点からみるインドネシアも紛れもないインドネシアではあるのだが、僕はアンコットやペテペテのインドネシアが性に合うのだなと思う。

 目の前に流れていくインドネシアの町並み、ちょっと走っては停まって、調子のいいときはぶっ飛ばす、少しヒヤッとするこの小さな乗り物がインドネシアの魅力のひとつ。ぜひ乗ってみてほしい。

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