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「下町江戸っ子劇場」としての浅草

浅草ーいきか、野暮か
 西日暮里の自宅から、ある時は仕事で、あるときは家族と何百回ときた浅草。名実ともに訪日客にとっての東京観光のメッカといえるこの町は、昔から「いきな街」だった、ということではあるが、残念ながら、定番の観光コースに「いき」を感じることはほぼない。むしろ、でっち上げられた「なーんちゃって江戸情緒」の張りぼてにしか見えない。要するに「野暮」なのだ。が、浅草の「いき」が見たくて何度もこの町に通ってきた。九鬼は「いきの構造」をこう定義する。 
「いき」の構造は「媚態」と「意気地」と「諦め」との三契機を示している。そうして、第一の「媚態」はその基調を構成し、第二の「意気地」と第三の「諦め」の二つはその民族的、歴史的色彩を規定している
 つまり「いき」というのは、異性からのまなざしを強烈に意識することを前提に、「根性」と「あきらめ」という相反するものが備わったものだというのだ。異性からのまなざしについて思うに、この町が東京のデートスポットとして21世紀の現在、いや、20世紀後半においてさえ認識されていたとは到底思えない。ただ異性からのまなざしを町中が強烈に意識する時も、ないではない。それは五月の三社祭の日と八月のサンバカーニバルである。

サンバカーニバルは「いき」か?
 女性の肌の露出が著しいサンバカーニバルが異性のまなざしを意識するのは大いに理解できる。しかしそれで「いき」かというと微妙である。「いき」の二番目の要素、「意気地」に欠けるように見えるからだ。
 それに比べ、三社祭は浅草寺北東に位置する浅草神社の三名の神々を祭る神事だが、なんといっても神輿をかつぐ町内の若い衆たちが最大の見どころだろう。町全体が浮かれあがっているが、その「ノリのベクトル」がサンバとは異なる。
 腰を揺らし、回転するサンバの動きは実に躍動的であるが、そのベクトルは横か円周が中心である。一方「意気地」の動きは武士に押さえつけられていた町人が立ち上がる、下から上へのベクトルだ。神輿は下から上に跳ねる。神輿を担ぐ男たち、女たちの鉢巻の先も、みな上を向けている。これは上昇志向などではなく、権力に対する無言の挑戦なのだ。とはいえ、張りのある動きも、異性を意識してこそのものである。九鬼はこのように続ける。
「いき」の第一の徴表は異性に対する「媚態」である。そうして、かような媚態が「いき」の基調たる「色っぽさ」を規定している

 三社祭の媚態
 今は数少なくなったが、祭の熱気に包まれた数日間、地元浅草の銭湯は神輿を担ぐ前に体を清める人々、または担いだ後に汗を流す人々でごった返していた。九鬼は風呂上りの女性についてこう述べる。
「いき」な姿としては湯上り姿もある。裸体を回想として近接の過去にもち、あっさりした浴衣を無造作に着ているところに、媚態とその形相因とが表現を完うしている。
 つまりさっきまで裸で入浴していたことを思わせ、あっさりした清潔な浴衣をひっかけているところになまめかしさを感じるのだ。そして化粧に関してもこう続ける。
一般に顔の 粧いに関しては、 薄化粧 が「いき」の表現と考えられる。江戸時代には京阪の女は濃艶な 厚化粧 を施したが、江戸ではそれを野暮と卑しんだ。江戸の遊女や芸者が「 婀娜」といって貴んだのも薄化粧のことである。
 お祭りの日には確かに町中に涼やかな薄化粧の女性たちであふれる。さっぱりとした浴衣姿もあれば、法被姿もある。法被姿の場合、男女ともに素肌の露出が目立つ。特に彫り物を入れている職人たちは、鯉口シャツの脇からそれをのぞかせる。時には褌一本で自らの「分身」たる彫り物を誇らしげに天下に披露する。ちなみに彫り物の有無にかかわらず、少なからぬ男たちが下半身は褌一本である。そして粋な姐さんは法被の下にTシャツなどは着ず、さらしを巻いて胸の谷間を強調する。
 平日に褌一本で彫り物を見せて歩けばば間違いなく職務質問だけではすまないだろう。しかし今日は「天下御免」の祭の日なのだ。そんなことでとやかく言うのが野暮というもの。そして男女ともに肌の露出で異性の気を引こうとする。これが九鬼のいう「いき」の第一条件、「媚態」である。

「諦め」られないのは野暮
 しかし粋な姐さんたちがさらしを巻くだけで胸の谷間を強調しているからといって、鼻を伸ばしてみていてもそれは「野暮」以外のなにものでもない。あくまで無関心を装う。これが第二条件の「意気地」だろう。
 浅草だけではなく、古来祭の日には男女の垣根が取り払われる日でもあったのは洋の東西を問わぬ伝統だろうが、祭の日に「仲良く」なろうとして、相手に接近しようとしても相手の側に気がなければ、今なら「ストーカー」と呼ばれ、犯罪者扱いである。一方江戸っ子的価値観からいえば「いき」のルールから離れた「野暮天」である。それは第三条件の「諦め」、つまり惚れたはれたが相手に通じないときには潔くサッと身を引くことこそ粋だ、というルールを破ったからだ。
 ところで訪日客のメッカに「なりさがって」しまい、年に一度の祭りの日ぐらいにしか「いき」という「無形文化遺産」を取り戻せない江戸っ子の子孫たちではあるが、逆にいえば辛うじてこの日だけは「いき」な自分たちを取り戻せる日でもある。この現在まで脈々と通ずる「いき」は、どこから来たものだろうか。

酉の市
 浅草に初夏を告げる祭が三社祭ならば、冬を告げるのは浅草の北西、鷲(おおとり)神社で11月の酉の日に開かれる酉の市だろう。すぐ近くに樋口一葉記念館があるが、この作品のなかにも酉の市の場面がある。普段は閑散としたものではあるが、年に二、三度の酉の市の日には、立錐の余地もないほどの賑わいだ。そしてここでも「野暮」と「いき」のせめぎあいが見られる。
 そもそも酉の市で売られる熊手は、野暮なことこの上ない。それにごてごてとつけられた松竹梅に大判小判、七福神におかめひょっとこ、鶴亀に米俵、だるまに招き猫など、縁起物がてんこ盛りである。あっさりした渋味をこのむ「いき」な江戸っ子が買うものとは思えない。そして福をかき集めるという行為自体がそもそも粋ではない。
 しかも、その「買い方」が問題だ。客はねじり鉢巻きに法被をまとったテキヤ風情の兄さん姐さんに値切るのだ。「一万円」、と言われれば「五千円」に値切る。すると兄さんは「八千円」に値を落とす。すると客は「六千円」。カネ離れの良い、「宵越しの銭は持たねえ」のが江戸っ子ではないのか。
 結局七千円ぐらいで落ち着くのが「予定調和」なのだが、ここからが問題だ。それを七千円で買うのは野暮もいいところだ。結局は一万円札を出して、「お釣りはとっときな、ご祝儀だ。」というのがいきな遊びなのだ。
 そして支払いを済ませると、兄さん姐さんに手締めをしてもらい、熊手を担いで帰路につく。考えてみれば無駄である。はじめから定価販売のみで一万円で売ればいいではないか。客の時間を奪わなくても済む。ビジネスライクに見ればとんでもない無駄だ。しかしこれはある意味、江戸っ子が自分を江戸っ子であることを確認する大切な「儀礼」なのだろう。
 ある時、この「儀礼」に参加している自分自身が、江戸っ子を「演じている」ことに気づいた。兄さん姐さんは、テキヤであるというよりも、「下町江戸っ子劇場」を作り上げて、「テキヤ役」を演じているに過ぎないのだ。そう思うと三社祭の男女たちも、「下町江戸っ子劇場」を運営しているように思えてきた。21世紀の渋谷では「ハロウィン」という舞台でみな妖怪役を演じているように、江戸時代から今まで下町の江戸っ子たちはずっと下町のいきな江戸っ子を演じてきたのではなかろうか。
 そしてその「下町江戸っ子劇場」を数百年間にわたり興行的に運営して「いき」を体現してきたのが東銀座の歌舞伎座という空間ならば、それが空気のように身に染みているのがこの下町の本物の江戸っ子たちなのだろう。(続)

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パーソナリティ:英中韓通訳案内士 高田直志
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