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京都の博物館で見た「光る君へ」の世界

大河ドラマ『光る君へ』を毎週見ています。

ドラマは史実ではなく物語ですが、歴史を覚えるヒントになるので勉強用ツールにもなっています、少なくとも私には。

特に今回は、日本の歴史にたくさん登場する”藤原◯◯氏”。誰と誰がどのような繋がりなのか、何をした人なのか、少しでも理解したいと思い、視聴し始めました。

平安時代の貴族の生活を垣間見ることができますし、その時代の装束にも興味があるので、見ていて楽しい。

アカデミックな遊び「偏継(へんつぎ)」

第3回目の放送では、吉高由里子さん演じる主人公のまひろ(後の紫式部)が、和歌を学ぶ勉強会で「偏継」を楽しんでいました。・・・楽しんでいたのはまひろだけかもしれませんが。

「偏継」は、主に女性や幼い子が漢字の知識を競い合った、平安時代の遊びです。偏(へん)と旁(つくり)に分かれた札を使ったカルタのようなもので、二枚の札でひとつの漢字を完成させます。

トップの写真がその様子を表した展示。
昨年訪れた、京都の『風俗博物館』で撮りました。

『風俗博物館』はビルのワンフロアだけのちいさな博物館ですが、源氏物語の様々な場面を細かく再現したミニチュアが展示してあり、ミニチュア好き・平安装束好きにはたまらない空間です。
※本日(令和6年2月4日)まで休館

源氏物語でも「葵」の巻で、源氏が紫の君と偏継を楽しむ場面が登場するそうです(私はまだ源氏物語を読んだことがなく、断片的に少し知っているだけ)。

まひろと倫子さまの「重陽の節句」

また、『光る君へ』でまひろが参加した勉強会の中心人物、黒木華さん演じる源倫子。後に藤原道長の正妻となる女性ですが、紫式部と源倫子とのやりとりも博物館の展示で紹介されていました。

◉以下、展示キャプションより
”源倫子より賜りし菊の着せ綿〜重陽の節供〜(「紫式部日記」より)
旧暦9月9日の重陽の節供に、紫式部のもとに藤原道長の正妻・源倫子から菊の着せ綿が贈られました。「特別に」と届けられた菊の着せ綿に紫式部は感激し、「菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代はゆづらむ(この菊の露に、私ごときはほんのちょっと若返る程度に袖を触れるだけにとどめまして、この露がもたらす千年もの齢は、花の持ち主であるあなた様にお譲り申しましょう)」とお礼の歌を詠んでいます。しかし返礼しようとしたところ、源倫子はすでに帰ってしまっていたので、お返しする用がなくなり、菊の着せ綿を手元にとどめることになったという逸話が「紫式部日記」に記されています。”

菊の着せ綿は、平安時代に始まった習慣。
重陽の前日(9月8日)に菊の花に真綿をかぶせて菊の香りを真綿に移し、翌朝、朝露に濡れた真綿を肌にあてて清めると、若返り、長生きできるというもの。

最近はあまり馴染みのない習慣ですが、平安貴族たちはこのように季節を楽しみ、そして節目を大切にしていたのでしょうね。季節を感じる生活、心がけてみようと思います。雅な人になれるかしら。

菊酒(重用の節供に飲む、菊の花を浸したお酒)を準備している女性たち
手前には綿も置いてありますね
こちらは紫式部 返礼の歌を詠んでいる場面でしょうか

重ね着した色で表す、四季の彩り「かさね色目」

また、風俗博物館でいちばん好きなのは「かさね色目」を紹介する展示。
重ね着した装束の、襟元や袖口に見られる色のグラデーションやコントラストのことを「かさね色目」と呼ぶそうです。

季節ごとに変わる様々な自然の色、絶妙な色合いを装束に取り入れてお洒落するなんて、日本人ならではの楽しみ方ですね。なんとも雅やか。

※写真のキャプションは展示説明を参考にしています

「梅かさね」早春に咲き競う紅梅の様々を表したもの
着用時期は旧暦の11〜2月
「若菖蒲かさね」端午の節句に使用する菖蒲の根と葉の色の対比を表したもの
緑の葉先から根に近づくに従い白くなり、根本は鮮やかな紅梅色となって白く長い根に繋がる
着用時期 旧暦4〜5月
「白撫子かさね」夏の草むらに可憐に咲く撫子の花を表したもの
着用時期は旧暦4〜6月
「女郎花かさね」表が黄色で裏が青の袿(うちぎ)を5領重ねたもの
秋の七草のひとつ、女郎花のような緑味を帯びた黄色を表します
着用時期は旧暦7〜8月頃
「雪の下かさね」降り積もった雪の下に、春を待つ紅梅と新芽を思わせるもの
着用時期 旧暦11月中旬から春頃まで
「松かさね」松は常磐木(ときわぎ:常緑樹)で、めでたさに通じるもの
一年を通して祝いに着る色として使われたそうです

最後に。
虎屋さんの季節の羊羹「紅梅染」。
こちらも「かさね色目」にちなんだお菓子なのだそうです。美味。

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