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恋愛体質:date

『砂羽と重音』


1.couple MANZAI

「おーい、豆。まめちゃんってばよー」
誰かが廊下で犬を呼んでいる?
「まめー。無視すんなよ、豆しば!」

「ねぇ砂羽さわ、あんたのことじゃないの?」
教室奥の窓側の机に突っ伏している自分の背中を、通りすがりの誰かが揺すった。
「はぁ?」
(あたしは犬じゃないっつーの)
声の主を探して頭をもたげるが、だれも確認できず再び机に倒れこもうとしたその時、
「砂羽〜。旦那が来てるよ~」
別の女子生徒が戸口で叫び、昼休みの教室が湧いた。

「だれの旦那だっつーの…!」
振り返るとそこには、
「サーギ」
真っ黒に日焼けした海パン姿の男が、髪から水を滴らせ、教室後方の入り口付近に立っていた。
「なんツー格好で立ってんのよ、あんた!」
その姿を目にするや、近寄りたくない砂羽は席を立つ気にもなれなかった。

「まめ。現国の教科書貸してくれ」
「豆って呼ばないで!」
「いーじゃねーか。ちっちゃい柴」
「うるっさい、ちっちゃくねーわ」
高校2年の砂羽は、未だ成長途中にあった。

「おい、だれだ!? 廊下が水浸しだぞっ」
遠くから気忙しく教師の声がする。
「やべっ。まめ。教科書、教室に持ってっとけよ!」
言い残して走り去る。

鷺沢さぎさわー! まぁた、おまえっ。この廊下をなんとかしろー!」
当時、母校の水泳部はなかなかの成績を残しており、水泳部員は時間が許される限り体育館脇に併設された室内プールで泳ぐことを許されていた。部長になったばかりの鷺沢重音かさねも例に洩れず、そんな横行は日常茶飯事だった。

「ばっかじゃないの」

「砂羽。いかなくていいの?」
「いかないわよ」
(でも、あとが面倒くさいからな~)
しぶしぶ立ち上がる。と、ついぞ鷺沢が立っていた入り口から顔を出した教師が、
「おーい、小柴。あと始末しとけよ」
それが当然かのように言い放って踵を返した。

「なんで、あたしがぁ?」
「鷺沢の子守役なんだろ」
その言葉で再び周りに笑いが広がった。
「はぁ? いい加減にしてよ」

「あんまり野放しにするなよ~」
クラスメイトが野次を飛ばす。

「ホント勘弁して」

冗談が通じない気難しい教師でさえ、ふたりをひとくくりにするほど、構内での砂羽と重音の関係性は容認されていた。

「まったく。自由な校風だこと」




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