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今んとこ今年一番。

最近ハマって読んでいた本がある。
今年読んだ中でダントツで良い。

重厚感のある紺色の装丁。黄色い明朝体が映えていて本屋でも目を引いた。
実はこのタイトルどこかで見たな、、と思っていてよくよく考えてみると去年新聞で連載されてたんだと思い出した。
タイトルが印象的で、よく覚えていた。
『黄色い家』という本。(川上未映子著)

本屋で見かけたときはその分厚さに若干ひるんだけど、長編を読みたい気分だったので思わず買ってしまった。

以下、感想を書きますが内容には深く触れないようにしています。

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主人公の花はある日、新聞の記事で見覚えのある名前を見つける。
それは20年前に共同生活していた黄美子という女性だった。
長い間、記憶に蓋をして過ごしてきた花は、この記事をきっかけに20年前の生活を思い出す。

「人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか」
そう書かれた帯からも分かるように、この物語ではお金で人生を振り回される人間の苦しみが描かれている。

花はお金に苦労してきた。
決して贅沢を望んでいないのに、いろんな災難が降りかかってきてしまう。貧乏な家というスタート地点から、周りとの格差を思い知らされる。
そういう人間は、普通の努力では這い上がることが出来ない。
そして明日生きていくためのお金に執着せざるを得なくなっていく。

お金とは、一体何なのだろう。
目的のための手段として存在しているはずのお金が、いつしかお金そのものが目的になってしまうほど、人によっては感性を狂わされる。

手段の目的化という言葉はビジネスシーンでも多用される。
手段に囚われて目的を見失うなという意味だ。

果たして、それはお金にも当てはまるのだろうか?というのを、この本を読んで考えてしまった。
「お金=幸せ」の図式が必ずしも成り立たないと分かってはいても、資本主義社会でそれを否定し続けるには無理がある。

金はいろんな猶予をくれる。考えるための猶予、眠るための猶予、病気になる猶予、なにかを待つための猶予。世間の多くの人は自分でその猶予を作りだす必要がないのかもしれない。ほとんどの人間には最初からある程度与えられるものなのかもしれない。けれどわたしと黄美子さんは違った。

『黄色い家』 P.488

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花はお金に関して、被害者でもあり加害者でもあった。
10代で夜の世界に飛び込んだ花は、はたから見ればまっとうな生き方ではないのかもしれない。
でも作中で描かれる暮らしは、贅沢はせず、自分と仲間の生活を守ることを第一にしている。それはとても健全でまっとうな生き方にも思える。

お金のために犯罪を犯した人間がニュースで報道されると、人はどんな心理に陥るか?
私はときに憤りを覚える。楽して稼ごうとしていたのかとか、何で普通に仕事をしないのかとか。
それはもっともな意見でありながら、しかしその生活の背景にまで考え及ばない自分の単純さは、こういう本で露呈されてしまう。

幸せな人間っていうのは、たしかにいるんだよ。でもそれは金があるから、仕事があるから、幸せなんじゃないよ。あいつらは、考えないから幸せなんだよ

P.373

花のような身元があやふやで昼の世界とも希薄な人間が、夜には集まる。明日いなくなっても問題にならない、そんな人間こそ金の成る木として利用されるから注意しろと仲間から警告される。

明日を生きていくお金を守るためには、利用される側にまわってはいけないのだ。
私が読んでいて苦しかったところは、加害者側にまわる人間の、残された選択肢の少なさだった。
それは、その人が被害者側で失ったものの多さと深く関係しているように思う。

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重いテーマを扱っているのに、するすると読めてしまう川上未映子さんの文体はすごく好き。

私は集中力が途切れやすくて本も長く読めないけれど、川上未映子さんの文章は目で追うときにつっかえない。一定のテンポでスーッと読むことができる。やっぱり読みやすさって大事だな。
その世界に没入するまでの時間は短い方がいいし、読み手の負担が少なくシームレスな文章だなぁって、いつも思う。

ちなみに読みやすいっていうのは、単純だからとか分かりやすい物語の展開だとかそういう意味じゃなくて、上記のような音やリズム感だったり、生活の地続きにあるような言葉の使い方だったり、そういう読みやすさ。

今回は少女である花の語り口で進むというのもあるけど、大人が使う言葉を安易に使えないという制約が、少女のままならなさをより引き立たせている。

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私が花の立場だったらどうしたかな?
黄美子さんと出会っていたらどんな関係を築くかな?
話の展開は、私が当初想像していたものと大きく違っていた。

お金についていろいろ書いたし、それはこの本のテーマのひとつではあるんだけど、でもこの物語の真の魅力は、登場人物の関係性やその人たちの生きてきた人生を切実に想像してしまうというところ。

まだまだ書き残したいことはたくさんあるけど、何だか頭の中がまとまらない。いろんな人の感想を読んで解釈の幅を広げていきたいな。

とにかく読みごたえのある一冊でした。


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