石鎚山考
自由を感じる為に自然に浸ると言いますが何からの自由?
養老孟司氏が現代人ほど人間嫌いな時代はないと言ってましたがひょっとして自分以外の他人からの解放=自我の目覚めの快感か?それが生きてる実感に繋がるならなんか侘しい現代人、
わざわざ人のいない山に来てるのに人の気配を探してる自分もいたりして(時に理解できない気配も)、生きるとは自分の中のいろんな自分を認証し色々な矛盾に折り合いをつけることだと思う。
そんなわけで自由を感じ難い(?)、人気の石鎚山も年1くらいは足を運びます。されど石鎚、高度なのか、人智を越えた何かがあるのか分かりませんが他の山にはない空気を感じます。
ロープウェイ乗って楽して楽しむつもりで選ぶ方が多いですが途中からは段差高めの階段が多くて下りで膝にキテ初めての人は山嫌いになる人が多いように思われます。土小屋からがお勧めです(個人的見解)。
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