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フルリモートチームに学ぶMobility Workの流儀(2020.3.18配信(株)リクルートホールディングス社内報「WOW通信」より)

本記事は、株式会社リクルートホールディングスの社内報でメルマガ「WOW通信」にて取材いただいた内容を転載したものです。

「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」というビジョン、「デザインの力を証明する」というミッションを掲げて2011年9月にスタートした「Goodpatch」は、現在、東京・ベ ルリン・ミュンヘンなどグローバルに拠点を展開するUI/UXデザインのリーディングカンパニー。スタートアップから大企業まで、世界中の企業のビジネスパートナーとして、新規事業やリニューアル、アプリやウェブのデザインなど多岐にわたるプロジェクトに関わっています。
そんな彼らが2018年10月に立ち上げた新組織「Goodpatch Anywhere」では、クライアントワークを「フルリモートのデザインチーム」で行うことに挑戦しています。新しい働き方を模索するこの先進的な取り組みについて、事業責任者として組織を立ち上げた齋藤恵太さんにお話を伺いました。

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齋藤 恵太/Goodpatch Anywhere 事業責任者
2008年よりデザイン会社にてマークアップエンジニア・ディレクタ ーとして多数の案件を担当。 2013年に「Goodpatch」にジョイン。 マネーフォワード iOS App(グッドデザイン賞受賞)や大手新聞社 新規メディアアプリのデザイン、大手通信キャリア公式iOSアプリ、 FiNC Technologiesのアプリ・サービスデザイン(Google Play Best of 2018 自己改善部門大賞受賞)に従事。 2018年10月よりフルリモートのデザインチーム「Goodpatch Anywhere」を事業責任者として立ち上げ。新たにゼロから組織を構築し、クライアントのデザインパートナーとして「デザインの力を証明する」というミッションの 実現に挑み続けている。


ミッション実現のために、「しかたがない」を跳び越えて。

ーー「Goodpatch Anywhere」を立ち上げた経緯について、お聞かせください。
Goodpatchでは「デザインの力を証明する」というミッションを掲げています。おかげさまで多くの企業からお仕事の依頼をいただき、現有のリソースだけではとても対応しきれない状態でした。新たに人を採用したくても、UX/UIデザインは新しい市場なのでできる人が少ない。 「この調子では、いつまで経ってもミッションを実現できない」というもどかしさを常に感じ ていたんです。なんとかして仲間を増やせないか。そう考えて着目したのが、世界中でフリーランサーとして働くデザイナーたちの存在でした。
たとえば産休・育休後に現場に戻れなかったり、地方に移住したものの予算のある仕事があまりなかったり。また、独立してフリーランスになった途端、バナーの制作など制作会社が切り出して発注しやすい仕事ばかりになってしまうケースも少なくありません。時間や場所の制約のために、自分の力を活かせない有能なデザイナーがたくさんいる。どうすれば彼らが「しかたがない」と諦めることなく、活躍してもらえるのか? この問題を解決することができれば、 私たちにとっても、参加するデザイナー個人にとっても、魅力的な新しい世界が開けるのではないかと考え「Goodpatch Anywhere」を立ち上げました。


ーーとはいえ「フルリモート・デザインチーム」というのは思い切った挑戦ですね。
リモートチームと言うと、タスクを分割してチケットを切る「分業制」をイメージされるかもしれませんが、それでは意味がないと思っています。大きな成果は、個々が高い能力を持ったプロフェッショナルでありながら、強固なチームワークを持った組織によって生み出されると、私たちは信じているんです。リモートだからこそ参加してくれるメンバーの多様性を活かし、コラボレーションを通じて大きな成果を上げるためにはどのような組織がいいだろうかと、ずっと考えていました。
そんな時、スタッフのほぼ全員がリモートワークで働いているキャスター/bosyuの石倉さんと話をする機会があったんです。「なぜ、リモートだとコラボレーションが上手くいかないのか?」議論を深めていく中で、一つの仮説に辿り着きました。それは「オフィスがあるからではないか?」ということ。一部の人がオフィスで集まると、対面でのコミュニケーションが発生します。その内容を他のリモートで参加しているメンバーに共有するのは面倒ですよね。その結果、メンバーの間に情報格差が生まれてしまいます。そして徐々にコミュニケーションが オフィス側に偏っていき、リモート参加者との間に距離ができてしまうのです。
それならば、チーム全員がリモートで参加すればうまくいくのではないかと考えました。勤務地は「Slack」。プロジェクトに合わせて必要なチームを結成し、職種や役割を超えて本気でプロジェクトに向き合い、一人では決して成し遂げられないデザインを生み出す。そんなチームづくりをやってみたいと思ったんです。そこで、既存の人事制度との調整などを気にせず思い切った組織運営ができるように、まったく新しい組織をゼロから立ち上げることにしました。

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「心理的安全性」とは、全員でつくり、高めていくもの。


ーー「フルリモートチーム」でのコラボレーションは、難しくありませんか?
これまで対面でのコミュニケーションを大切にしてきたので、それを補う新しいコミュニケー ションが必要でした。Goodpatch Anywhereでは、リアルタイムの双方向コミュニケーションツールとしてSlack, zoom, Discordを使用しています。また、プロジェクトを進めていく上では、Figma, Scrapbox, miroといった全員で作業ができるオンラインツールを活用しています。これは「カーソルの動きまで共有できる」ものにこだわって選びました。これらのツールをちゃんと使いこなせれば、オフラインではできないレベルのコラボレーションを行うことも可能なんです。
たとえば、付箋や模造紙を使ったワークショップをする場合、オンラインであれば成果物をそのままデータとして残しておくことができ、保存性が圧倒的に高いというメリットがあります。100人が参加するワークショップも実現可能。ボイスチャットを使って「おーい、ちょっとここのカーソルに集まってくれる?」と声をかければ、その場でデザインの共同作業が始まったりもする。他にも、移動時間がゼロになるというのもオンラインならではですよね。正直、オフィスで隣の会議室へ移動するだけでも面倒に感じるようになりますよ。笑
ただし、リモートチームの場合、ちょっとした認識のズレや行き違いといったミスコミュニケーションが増幅しやすいのは事実です。たとえば「一旦作ってから持ち寄って、議論して、また持ち帰る...」というやり方では手戻りが多く、プロジェクトが前に進みません。「このデザインができたら見せる」ではなく、「このデザインを作ってみるから集まって!」と言えるかどうか。作業を始める時にこそ、メンバーが集まって全員で手を動かしてみることで、不明点や甘かった見積もりを洗い出すことができ、その後の作業のスピードと品質が格段に高まります。でも、自分が作業しているプロセスをオープンに見せるというのは、正直とても怖いことですよね。だからこそ、全員がどんな些細なことでも本音で話せる「心理的安全性」がとても重要になります。


ーーチームの「心理的安全性」を高めるために、どのような工夫をされていますか?
毎朝5分だけでもいいから必ず「朝会」をやって、相互にコミュニケーションを取ってから各々の仕事を始めるとか、気を付けていることは色々あります。特に「オンボーディング」は重要ですね。Goodpatch Anywhereでは、プロジェクトの開始時にかなり丁寧に、クライアントと一緒にキックオフを行っています。よいものを生み出すには、関係者全員が「One Team」と なり、共に作り上げていく関係性を築くことが大前提。その最初の一歩として、キックオフは 非常に大切な時間だと考えているんです。ちなみに、初回だけは実際に会って話すことが重要だったりします。「一度会って話しているかどうか」は、チームビルディングの初速にかなりの影響を与えると感じています。

そして、キックオフでは必ず2つのことを「宣言」するようにしています。

1 私たちが作るデザインに、正解はない。
なるべく速く物事を進め、頭の中を具現化し、フィードバックを通じて学習しよう。
そのために、私たちはチームでいる。学習速度が圧倒的に速いチームを作ろう。
2「心理的安全性」は、誰かが作ってくれるものではない。
ハブとなる人を作らず、常に全員が発言し、分からないことはどんどん聞こう。
情報やプロセスは全体に開示し、聞いたことや議事録は他のメンバーのために残そう。


プロジェクト開始後は毎週金曜の朝にレビュー会を行っていますが、前日の夜に全員に対して アンケートが自動的に飛ぶようになっています。「今週のプロジェクトを通じて得られた学びはどれくらいか?」「周囲とのコミュニケーションはどうだったか?」といった質問に一人ひとりが回答し、その結果を共有しながら進捗や状態を全員で確認しています。チームの成⻑のため、そして一人ひとりの成⻑のために、互いにフィードバックしあうカルチャーを全員で作っていく。最近は、夜遅くまでDiscordの雑談チャンネルでメンバー同士がキャリア相談をして いたりして、少しずつ文化が根付いてきているのかなと感じています。
プロフェッショナルである以上、市場原理に晒される厳しさから逃れることはできません。それでもここで働く人の多くが「楽しい、ここで働けて良かった」と言ってくれます。それはなぜかと考えると、やはり「チーム」という体験に魅力があるんだと思います。普段一人でデザインしているとフィードバックをもらえる機会が少なく、制作物への反響も分からないため、「自分のデザインはこれでいいのだろうか?」と不安を感じながら仕事をしている人がとても多いんです。チームで働くことで、自分のアウトプットに対して仲間やクライアントから直接意見をもらえたり、感謝されたり。そんな体験を通じて成⻑を実感できることが、何よりの報酬になっているのではないでしょうか。

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フルリモートチームへの挑戦で見えた、乗り越えるべき「壁」の正体。


ーー「フルリモートチーム」ならではの課題や難しさを、どういう点に感じますか?
実際にフルリモートチームとしてやってみて、リモートのデメリットというのは「まったくない」と思います。何か問題が起きたとしても、それはオフラインでも起こることばかり。むしろ、フルリモートチームだからこそコミュニケーションの質と量を高めることに意識的に取り組むことができ、今までに経験のない新しい形のチームワークが生まれることを実感しています。「セキュリティ観点でリモートワークができない」といった声も耳にしますが、私たちも上場を目指す中で監査等への対応を厳しく求められますし、金融機関や人材業界など多くのクライアントの新規事業に関わるため、秘匿性の高い情報を扱うことがほとんどです。セキュアな環境を構築するための投資と十分な教育は必要ですが、クラウドなどを上手く活用すればオフィスよりも安全な職務環境をつくることも可能です。業界や職種を問わず、やってやれないことはないと思います。
むしろ「壁」だと感じているのは、マネジメントする人がメンバーの姿が見えないことで過剰に管理しようとしてしまうとか、シャイな人が積極的に参加できない状況を物理的な距離のせいにしてしまうなど、リモートという環境を特殊なものと捉えることで膨らむ「心理的な不信感」です。これを乗り越えなければ、どんな施策をやってもうまくいきません。私たちも今のやり方がベストだとは思っていないですし、色々と試行錯誤しながらより良い組織を模索している段階です。整っていないこともたくさんありますが、チームの全員が様々な実験に積極的に参加し、まだ世の中にない最高のチームをつくるためにチャレンジし続けることで、壁を乗り越えていきたいと考えています。

ーー「新しい働き方」への挑戦を成功させるためには、どんなことが大切でしょうか?
新しい働き方への変革を実現していく上では、やっぱり楽しくないとうまくいかないのかなと思いますね。もともとリモートチームといった考え方はインターネットの世界で生まれたものですし、「管理」や「統制」といった話とは相性が悪い。あまり真面目になりすぎず、一人ひとりが新しいツールを使って色々と遊んでみるくらいの感覚で、楽しむことが大切なのではないでしょうか。
遊び心と仕事のクオリティへのこだわりを持って、より働きやすいスタイルを自分の手でデザインしていく。一人ひとりが一歩踏み出して小さな工夫を重ねていけば、時間や場所の制約に かかわらず、今までにない効果的なコラボレーションが実現できるでしょう。これからも、組織の枠を超えてナレッジやTipsをシェアしあいながら、この変化を一緒に楽しんでいけたらと思います。

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今回の取材も、全員リモート参加で実施しました!


(インタビュー・文)渡辺 祥宏