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布団を並べて

著:宮沢龍生

「ワガハイ、祭られたい」
 きっかけは朝食の時のそんな一言から始まった。箸の動きを止め、
「言ってる意味が分かるか?」
 クロが尋ねると、
「さー?」
  シロが曖昧な顔をして首をひねった。ネコが突拍子もないことを言うのは割と慣れていたが、今回はいつにも増して意味が分からなかった。
 ちなみに食卓には白米(シロが特に選んだノンブランドだが無農薬で質が高い米)と味噌(クロが育った村の特産)と糠漬け(クロが毎日、ぬか床をかき回している)とアジの干物(クロが自ら学園島の沖合で釣ってきてさばいて干した)という実に健康的かつ日本の朝ごはんの見本のようなラインナップが並んでいる。
 シロとクロはしばらく顔を見合わせた後、クロが譲るように頷いてきたので、
「えー、とネコ。それはどういう意味かな?」
 シロが代表してネコの真意を尋ねた。ネコは頬っぺたにご飯粒をつけながら茶碗の中身をかっ込み、
「ワガハイ、ずっと憧れていた! ほら、毎年、オシャレして飾りつけをして」
「クリスマスかな?」
 と、シロ。
「お酒や美味しいモノを食べて」
「正月だろう?」
 と、クロ。
「明かりをつけましょ、ぽんぽこりんーとか歌うやつ」
「「あー、ひな祭り!!」」
 シロとクロの声が重なった。
「ちなみに〝ぽんぽこりん〟じゃなくって〝ぼんぼり〟ね。日本の照明器具のことだよね」
 シロが苦笑交じりに解説を加える。ネコが大きく頷いた。
「そうそれ!」
「なんでまたひな祭りを」
 そう言いかけてクロが自ら納得する。
「そうか。もう三月。おまえは……確かに女性だものな」
「ワガハイ、一人で歩いている時に女の子がお父さんやお母さんに祝ってもらっているのを見ていつかやってみたかった」
 ネコがにこやかに笑いながらそう言う。悲壮感のない口調だが、シロもクロも知っている。ネコはその前半生ずっと〝猫〟の姿でたった一人生きてきた。クロもシロも割と波乱万丈な人生を送ってきたが、それでも要所要所に家族やそれに類する人たちがいた。ネコは違う。
 基本的にシロやクロに巡り合うまでずっと独りぼっちだったのだ。
 シロやクロも自分たちのクランを尊重しあっているが、ネコはまた違う重さで二人のことを大事に思っているのかもしれない。
「……」
 クロは少しだけ痛ましそうにネコを見ている。シロが笑って宣言した。
「よし! やろう! ひな祭り!」
 クロが賛同した。
「そうだな。婦女子のための祭りなど全くの専門外だが一つ料理などを調べてみるか」
「ほんとう?」
 ネコが満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう! お父さん、お母さん」
 まずシロに飛びつき、次にクロを抱きしめる。シロは、
「はは。楽しいお祭りにしようね」
 そう答え、クロは、
「誰がお母さんだ!」
 そう叫んだ。

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983字

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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