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アルバムを利く 〜その11

rolling stones 「sticky fingers」1971年


曲目紹介


〜アナログA面〜
①brown suger
②sway
③wild horses
④can't hear me knocking
⑤you gotta move
〜アナログB面〜
⑥bitch
⑦I gotta blues
⑧sister morphine
⑨dead flowers
⑩moonlight mile

このアルバムについて


本物のジッパーのついたオリジナルのアナログレコードはベルベットアンダーグラウンドのバナナのジャケットと並んで最も有名なロックアルバムのデザインだろう(デザイナーはどちらもアンディ・ウォホール)。アルバムジャケットの傑作であるだけではなくこのアルバムはローリングストーンズの最高傑作(のひとつ)ということになっている。ぼくはストーンズのアルバムは何枚か持っていたしこのアルバムも持っていて好きで何回も聞いたけど、これがいちばん好きな作品というわけではなかった。76年当時のソウルミュージックのトレンドのサウンドを取り入れた「black and blue」のほうがよく聴いたし、なんなら「dirty work」(1986年)での突然中年パンクロッカーになって汚い歌をがなり散らすミックのどうしちゃったんだ感もかなり好きだったけど、今また改めてストーンズの諸作を聞き直すと、60年代末からの「begger's banquet」「let it bleed」「sticky fingers」の三作は個人的な好みを越えた別格の輝きがあると思う。この三作を三段跳びとして捉えるならば本作「sticky〜」はホップ!ステップ!!ジャンプ!!!の到達点である。
ではこの作品でストーンズが到達した地点とはなんだったのか。それを論じるのがこの記事です。


茶色い砂糖の暗喩


では実際にアルバムを聴いてみましょう。
一曲目は有名な「brown sugar」。じつに見事は仕上がりの曲だと思う。led zeppelinで言ったら「black dog」、aerosmithだったら「walk this way」みたいなそのバンド独特のロック・フィールを抽出したような曲だと思う。ドラムの刻む独特のロックのグルーヴ、左右から絡み合うエレキギターのリフ、きらめくピアノ、ソロはサックス、奥のほうに隠し味のアコギの刻むリズム。けっこういろんな音が詰め込まれているんだけど、全体の音は重厚というより軽やかで風通しがよい。乾いた土と陽光とほんのり湿った潮風を感じる。このバランス感覚!一般にテクニシャンとして捉えられるバンドではないけど、こういう仕上がりに持っていけるバンドはそれほど無いように思う。
現在の社会状況の中でこの歌は女性蔑視的とされストーンズ自身がもうライブでは演奏しない曲だという。しかしそんなにこの歌は女性蔑視的なのだろうか?ミックジャガーは古いカントリーブルースを聴きかえす中で、昔日のブルースマンがわざとはっきりしない口調で歌って歌詞にたくさんの含みを持たせていることに気づいたという。そう、ダブルミーニング、トリプルミーニングというのがブルースという音楽の肝なのだ。
タイトルの「ブラウン・シュガー」が意味するものも多義的である。これは未精製のヘロインや魅力的な黒人女性をさす言葉だという。ブラウンシュガーの日本語訳を調べると「黒糖」とあるがこれは真っ黒な黒砂糖ではなくマスコバト糖のような文字通りの茶色い砂糖をさしているのだと思う。
伝説のカントリーブルースマン、ロバートジョンソンの「complete recording」の解説を読むと関わりのあった女性の「あんなにかわいいブラウンちゃんには会ったことがない」という証言が出てくる。肌の色の薄い黒人を黒人同士の当時の俗語で「ブラウン」という。色が薄いのは白人との間に生まれた混血である。
すなわちブラウンシュガーはただの黒人娘ではなく黒人と白人の間のハーフの娘である。そう捉えたときに第三の意味が浮かびあがる。ブラウンシュガーは黒人と白人の間に生まれたもの、すなわちロックンロールをさすものでもあるのだ。
シンプルな言葉で綴られるこの「brown sugar」という歌はしかし複雑な暗喩で語られるロックンロール讃歌なのだ。
麻薬、女性、音楽。どの解釈が正しいわけでもない。その全てを含むのがこの歌。セックス・ドラッグ&ロックンロールというロック三題噺なのだ。

荒馬の意味


新加入のミックテイラーの流麗なギターを得て60年代に比べてぐっと演奏がダイナミックになった②「sway」を経てストーンズ屈指のカントリーバラードである③「wild horse」。
ぼくは高校生のころ図書館で借りたベスト盤で初めてこの曲を聞いた。その時はタイトルの「野生の馬」が何を意味するのかよくわからなかった。最近になって書い直した2015年版のCDの対訳は「野生の荒馬も 俺をお前から引き離すことできない」と少し言葉を足して意味の通る日本語になっている。昔に比べるとぐっと良い訳になった。
でもこの歌詞の意味はそれだけじゃない。荒馬の意味はやはり多義的なのだ。
この歌の意味の取りづらさはひとつにはキース・リチャーズとミック・ジャガーというふたりのソングライターによって書かれたものだからだと思う。ふたりの人間がそれぞれの恋愛経験について書いているので描かれる女性の姿がぼやけるのだ。それに加えてミック・ジャガーははっきりしたものの言い方をしない。プライドの高い彼は自分の実体験を赤裸々に告白して大衆の憐れみを誘うことを良しとしないのだ。にも関わらず勘の鋭いミックは人々の心を打つバラードは借り物ではなく自らの体験から搾り出さなければならないこともわかっているのだと思う。
当然歌の中の「graceless lady」が誰なのかはっきりしない。ミックのガールフレンドだったマリアンヌ・フェイスフルなのかキースがバンドのリーダーだったブライアン・ジョーンズから奪ったアニタ・パレンバーグなのか。あるいは他の誰かなのか。
ぼくにはこの歌は麻薬にのめり込みバンドを去って亡くなったブライアンへの呼びかけであるようにも聞こえる。荒馬には黙示録に出てくる青い馬のイメージが重なる。青い馬は死の象徴。そう捉えると最後の「we ride them someday」という言葉の重みも違ってくる。そういえばカントリーブルースのカバー曲⑤「you got the move」も死を歌ったスピリチュアルなナンバーだ。
ベスト盤で聞いたときにはいささか退屈に聞こえたこの「wild horse」という曲は、しかしこのアルバムの文脈の中では様々な想いの去来するスケールの大きな物語に聞こえてくるのだ。


ロック完成形


ここからアナログではB面、⑥「bitch」。なんというタイトル。しかしサウンドはかっくいい。
ミックが「お前がオレの名を呼ぶたびに心臓が音を立てる、でっかいバスドラムみたいにオーライ!!」と叫ぶとホーンセクションがでっかいサウンドのリフでそれに応える。
聞くたびにぼくの心臓はバクバク鳴って思わずオーティスレディングの気分で「ガッタ!」と叫んでしまう。そう、オーティスレディング。この曲と次の⑦「I got a blues」はもろにサザンソウルの雄オーティスを擁したスタックスのサウンドを模したものなのだ。
サウンドデザインとしてのアルバムコンセプトは「beggar〜」はフォークブルース、「let it bleed」はカントリー、そして本作はサザンソウルだ。でもただのモノマネではない。彼らは泥臭いサザンソウルのサウンドを参考にしながら、60年代のこじんまりしたサウンドのビートグループではなく70年代のダイナミックなロックサウンドを作りあげた。これ以降のストーンズは時代に流れてディスコに寄ったりニューウェーブしたりもしたけど基本的にこのアルバムで作り上げたサウンドがバンドの核になっているように思う。ここにあるのはストーンズのロックの完成形なのだ。


死の影を歩む


ライクーダーによるスライドギターが印象的(自身のアルバムではこんなに悪意に満ちた攻撃的なス演奏は聞けない)な⑦「sisters morphine」。モルヒネ姐さんはドラッグを擬人化したものであると同時にマリアンヌ・フェイスフルのことでもあるんでしょう。麻薬に苦しんで死んでゆく者の歌だ。③でも述べたようにドラッグと死はこのアルバムの重要なテーマ。
⑧「dead flowers」は前作を引き継いだかのようなカントリーロック。このアルバムのスタイルはサザンソウルだがカントリーフレーバーはブルースと並んでサザンソウルを形づくる要素なので違和感はない。
歌詞の意味はずっとわからなかったけどこれは60年代のフラワームーブメントへの決別の歌なんだと最近気づいた。そして「お前の墓にバラの花を」。ここにも死の影がある。
最後はストーンズらしからぬ繊細な⑩「moonlight mile」。アルバムの中でこの曲だけ雰囲気が違う。東洋的な不思議なメロディにはほんのりサイケデリックな香りがただよう。あるいはこれはドラッグの酩酊状態でみる景色なのだろうか。やはりこの歌も60年代に別れを告げる歌だと思う。青春の夢は終わり暗い夜がやって来た。それでも主人公は月明かりに照らされた道をひとり行く。その姿を後ろから眺めるようにしてこの「sticky fingers」という物語は幕を閉じる。じつに味わい深い。


セックス・ドラッグ&ロックンロール


以上がこのローリング・ストーンズの傑作アルバムの内容。オープニングの「brown sugar」が現すセックス・ドラッグ&ロックンロールがアルバム全体を通底するテーマでもある(②のコーラス部分に歌われる「demon life」はセックス・ドラッグ&ロックンロールに他ならない)。
もとよりストーンズはひとつのストーリーのあるトータルコンセプトアルバムを展開するバンドではない。それでもこのアルバムに登場するさまざまな女性たちをひとりの人物として捉えると、そこにアルバム全体を通したストーリーがぼんやり浮かびあがってくる。
「beggar〜」と「let it bleed」ふたつのアルバムで描かれるのは革命だが、このアルバムは革命が終わったあとの世界を描いている。バンドは60年代を越えられなかったものたちに挨拶を送る。
描かれる女性の正体がマリアンヌなのかアニタなのかはそれほど重要ではない。リスナーはそれぞれの青春と別れと胸の奥の小さな疼きを感じればそれでいいのだ。


アルバムタイトル


さいごにアルバムタイトルの意味を考えてみる。印象的なジッパーのジャケットと相まって「ねばつく指」は性的な含みを持つ表現として受け取られている。ストーンズらしい露悪的な態度だから当然そういう意味だとぼくも思っていた。
最近になってこのタイトルは「盗癖」という意味があることも知った。彼らがタイトルにその意味もこめていたのかはわからないが、たしかにストーンズは参加したミュージシャンのフレーズを盗むことで有名だ。事実、このアルバムでも素晴らしいスライドギターを披露しているライクーダーは「ストーンズにフレーズを盗まれた」として以後一切の接触を絶っている。
事実はわからない。ここでもダブルミーニングがある。しかしここで重要なのは事の真偽よりもストーンズが優れたミュージシャンの演奏やサザンソウルなどのロック周辺の音楽を「盗んで」取り込みながらそれまでとは全く新しいロックミュージックを確立したことだと思う。
ここにあるのは60年代のビートグループの音圧の低い小さな部屋のようなこじんまりした演奏とは違う。いかにも70年代らしい、もっとハードでスケールの大きい新しいロックだ。そして60年代にデビューしたビートグループが70年代にアップデートした演奏に生まれ変わるためには周辺の音楽を盗むことが必要だった。ストーンズがここで示した、周辺の音楽を盗んで取り込むことでロックがリアルタイムの表現であり続けるという姿勢。それは今も本質的には変わりがないように思う。
このアルバムが個人の嗜好を越えた永遠の名作である由縁である。

おわり

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