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いつか観た映画・ソロモンさん(前編)

YouTubeで配信されている「とっち~ちゃんねる」にチャンネル登録している。
…あれ?ご存じない?「とっちー」と言えば、俳優で劇用刺青師でおなじみの栩野幸知(とちのゆきとも)さんですよ!
番組では、映画で使用する小道具の作成過程を見せてくれたりするのだが、時折、ご自身が出演された映画の撮影秘話を話してくれて、これがめちゃくちゃおもしろい。
最初にこの番組を観たのは、大林宣彦監督の思い出を語った回だった。栩野さんは、大林監督の映画「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるおしきひとびとの群」(1988)に、劇用刺青師としてだけではなく、役者としても出演している。というか、もともと、いろいろな映画に出演されているのだ。大林映画だけでも、「おかしなふたり」のほかに、「異人たちとの夏」「野ゆき山ゆき海べゆき」「この空の花 長岡花火物語」などにも出演している。黒澤明監督の「影武者」とか、伊丹十三監督の「ミンボーの女」、片渕須直監督の「この世界の片隅に」などにも出演しているんだぞ!

この番組でおもしろかったのは、黒澤明監督の映画「七人の侍」(1954年公開)について語った回だ。
七人の侍には、主役級の俳優のほか、いわゆる東宝の大部屋俳優も数多く出演している。もちろん私は、画面にほんの数秒しか登場しない俳優のことは、むかしの映画だし、まったくわからないのだけれど、栩野さんは、まるで「生き字引」のように、抜群の記憶力で、東宝の大部屋俳優の一人ひとりのエピソードを紹介していく。まさに、野上照代さんに次ぐ「生き字引」である。
ひとり、栩野さんがどうしても好きな俳優がいた。いまでいう「推し」である。
その俳優は、名もなき野武士の役で、出演時間は一瞬なのだが、ヘンな芝居をする人で、他の人とは「半間はずれた」芝居をするので、強い印象を残したのだという。それを見て以来、その俳優のことが気になって気になって仕方がない。おそらく黒澤明監督も、撮影当時、その人の演技に、「う~む」と考えたあげく、「よし、オッケー」と、仕方なくオッケーカットにしたのではないかと、栩野さんは想像した。
後年、栩野さんが映画「影武者」のオーデションを受けたとき、黒澤監督に、
「どんな役をやりたいか?」
と聞かれて、
「『七人の侍』の…」
「七人のうち、誰だ?」
「いえ、主役の七人に憧れているのではありません。僕が憧れているのは、野武士役の人で、他の人より「半間はずれた」、ちょっとヘンな芝居をする人で、おそらく監督が困ったあげくオッケーを出したんだろうな、と想像される俳優です」
「野武士?…誰だろう?」
すると横にいた野上照代さん(黒澤映画の伝説的な記録係)が大笑いして、
「ソロモンさんですよ!」
と言うと、黒澤明監督は、
「ああ!ソロモンか!」
とそこで思い出した。
「ソロモンって、外人さんだったのですか?」
と栩野さんが聞くと、
「いや、広瀬正一だよ。ソロモン海戦の生き残りだから『ソロモン』と呼ばれていたんだ。そうかぁ、ソロモンに憧れていたと聞いたら、ソロモンのヤツ、喜ぶぞ」
と黒澤明監督は上機嫌になり、栩野さんはオーディションに合格したという。

…この話、映画「七人の侍」で野武士が馬から振り落とされる場面の如く、マニアックすぎて読者も振り落とされるのではないだろうか。(つづく)

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