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episode4:スケアクロウ

「スケアクロウって映画を観たことある?」
日野は、いつものように棒付きキャンディを口の中で転がしながら速水に問い掛けた。椅子を回転させる動きが、少しぎこちない。
速水は、かぶりを振った。
「70年代の映画なんだけどね。なんていうかなぁ、ロードムービー……?」
「俺に聞かれてもな」
「そりゃそうだ。で、内容だけど。刑務所帰りの喧嘩早くて大柄なマックスと、5年の船乗り生活を抜けてきたひょうきん者で小柄なライオンが、意気投合して南カリフォルニアからピッツバーグを目指すって話」
日野は、宙を眺めながらゆったりと話し始める。速水は、ハンバーグ用の肉を焼きながら耳を傾けた。
「役者が好きってのもあって、僕はライオンってキャラクターに注目して観てたんだ。本当は、フランシス・ライオネル・デルブッキっていうんだけど、マックスが"フランシスは女みたいだ"って言って、ミドルネームのライオネルからとってライオンってあだ名をつけたんだよ。それで、このライオンだけど。お笑い芸人みたいな人物でね。人を楽しませたり笑わせるのが好きな、明るいひょうきん者なんだ。僕にそっくり」
「ライオンはよく喋る奴なのか。一人で喋り続ける壊れたラジオ?」
「君が僕をどう思ってるかはよーくわかった。いつもありがとう、愛してるよ」
「続きをどうぞ」
日野は、くすくす笑いながら帽子を被り直すと、テーブルに肘をついて軽く身を乗り出した。
「彼はね、烏と案山子に自分なりの解釈を持ってる男なんだ。それってのが、"烏は案山子を笑うから、案山子のある畑を荒らさない"って考え方。つまり、案山子は烏を面白がらせて、楽しませてるってこと。これはそのまま、ライオンの生き方なんだ」
日野は飴玉を噛み砕くと、棒を舌先で遊ばせながら天井を見つめた。いつの間にか、椅子の背もたれに身を預けている。
「ライオンは身篭ってた恋人をデトロイトに残して船乗りになった男でさ。理由は分からない。ただ、きっと怖くなったんだと思う。父親になることも、家庭を守らないといけないことも。"子どもの性別も知らない。関心がなかった"ってマックスの妹のコーリィに話すんだけど、その反面、仕送りは船にいた5年間絶やさなかったんだ。僕は、ライオンは責任を持つことに耐え切れる質じゃないんだと思う。純粋で、屈託が無いけど、その分一人前になりきれない若者だ。その脆さを自覚してるのかしてないのか、彼は笑いでそういう面を隠してる。自信のなさとか、情けない自分とか、臆病な自分とかね」
日野は、苦く笑いながら話し続ける。それを聴きながら、速水は日野の顔を見た。いつも通り、何から話すか考えている顔だ。
速水は、黙々と手を動かすことにした。
「色々展開はあるんだよ。ピッツバーグに行く前に、まずはマックスの妹に会いに行く。バークレーだったかな、忘れちゃった。で、そこで出会ったフレンチーって女性とマックスがイイ感じになるんだけど、それが火種になって、旅を再開する前日にマックスが喧嘩騒ぎを起こして、ライオンも一緒に刑務所に1ヶ月ブチ込まれることになるんだ。刑務所では、朗らかな性格のライオンは上手くやっていくんだけど、マックスはライオンと口を聞こうとしなくなる。どうしてかは、ちゃんと映画を観てね。総じて、ライオンは気難しくて喧嘩早くて理屈抜きで突っ走りがちなマックスの心を、"笑い"で癒していくんだ。お互いに自覚してたかはわからないけど。少なくともマックスは確実にライオンに変えられてた。序盤から、"なぜ俺を相棒に?" "最後のマッチをくれたしな。それに俺を笑わせた"って会話をしてたくらいだから」
「……笑い、がテーマってこと?」
「まぁ、きっとね。ただ、そういうライオンがいるからこそ、最後の数分はつらいものがあったよ。ライオンがひた隠してきた、脆さとか自信のなさとか、孤独感とか、弱さとか、そういうものが一気に彼を蝕むんだ。ネタバレになったら、観た時の衝撃がなくなるから言えないけど。"愛してくれ、この俺を
"って言葉が、ライオンの根本を表してたと思うよ。ダメな自分を受け入れて、受け止めるだけの強さはきっとなかったんだと思う。スケアクロウ……烏を笑わせる案山子に詰まってるのは草とかなんとか、そんな感じ。もしかしたら、マックスもライオンもそういう男なのかも。笑いか暴力か、表に出るものが正反対なだけで、世間から少しズレたところにいる存在ってのは共通してる気がしたよ」
余韻を残したような言い草で、日野は椅子をくるりと回して言い切った。
速水はその様子を黙って見つめ、息を吐く。焼きあがった肉をフライパンから取り出し、皿へ載せる。
「今日はサービスして、2つ載せてやるよ」
「わぁお、やったね!」

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