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ヴァンパイアの瞳

穏やかで悲しげな音楽と共に、何かのドラマのワンシーンが切り取り貼り付けられて流れる。
MADと言っただろうか。
登場人物二人の動きを儚げに彩った動画。
どうやら、片方はヴァンパイアらしい。
人間とヴァンパイアの、禁断の恋愛と言うやつだ。ありがちだが、ありがちなだけにするりと頭に入ってくる。
ヴァンパイアの、長い時を生きる孤独を宿した目に、当然のように惹き付けられた。なんて悲しい目をするんだろう、なんて寂しい目をするんだろう。
……とはいえ、本編を観たこともないわけで、そのヴァンパイアが何を考えているのか、どんな性格なのかさえ知らない。それどころか、話し方だって。
調べてみても、偉大なる検索エンジンは何も語ろうとしなかった。調べ方が甘かっただろうか、近しい単語の作品ばかりがわんさと出てくる。
検索、検索、検索、検索────
調べれば調べるほど、あのヴァンパイアを知る術がないことに落胆してしまった。知りたかったのに。何を考え、何を話し、何を成そうとしているのか、知りたかった。
気が付けば、じっくりと動画を見詰めて、その動作の一つ一つを追い掛けている。
まるで、恋でもしているかのようだ。
なんてことだろう!
見た目と、その目の深淵しか知らない、知りようもない存在に惹かれてしまうとは。残酷な恋だ。シンデレラに出てくる王子だって、もう少し彼女のことを知っていたろうに。
……とかく、孤独というものに弱いからいけない。
孤独を湛えた人が、この上なく魅力的で、胸を刺すどころか抉りとってくるのがいけない。孤独の美しさは、甘くて我慢の利かない毒なのに。
しかし常々、一目惚れなどアホくさいと思っているのだが、あのヴァンパイアに関してはほとんど一目惚れに近い。
俳優のことは知っていたし、好きだったからこそあの動画に行き着いたわけだけれど。でも、どの役も好きになるわけじゃない。
だから、その点では一目惚れの域に留まってしまっている。
哀れな仔羊を救いたまへ。
二度と行くことのない土地で、たまたますれ違った人に恋をするのと同じだ。叶わないし、叶えようもない。
そして厄介なことに、そういうことには慣れている。
これから数日、あのヴァンパイアに悩まされることになるのは必然で、嫌でもない。寧ろ、歓迎できる。きっと。
頭の中から出ていくまで、あの黒いコートをはためかせて、ヴァンパイアは頭の中に居座り続けるのだろう。
同じ世界に生きる、あの人間との触れ合いを見せ付けながら。

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