見出し画像

episode7:ジョー・ブラックをよろしく

「速水さぁ、"ジョー・ブラックをよろしく"って観たことある?」
「ちょっと昔の恋愛映画だっけ? 名前は知ってるけど」
日野は、椅子をクルクルと回転させながら足を伸ばした。
「いい映画だよ。なんていっても、単純な恋愛映画じゃないんだ」
「ふぅん?」
「主人公のウィリアムは、大きな会社の社長でね。誕生日が近いんだけど、病気だったかなんだかで、嫌な予感がしてる。それで、心の中でずっと問いかけてるんだ、"私は死ぬのか"って。確か、それに答える声が聞こえるんだよ」
細かい部分はあまり覚えていないのか、日野はキャスケットのつばをいじって首を傾げた。それから、ゆっくりと話し始める。
「一方その頃、主人公の娘のスーザンはコーヒーショップでイケメンにナンパされる。人柄のいい彼に、スーザンはほとんど一瞬で恋に落ちるんだ。で、名残惜しく別れた直後、スーザンの見てないところで彼は車に轢かれる」
「急展開だな」
「そう。ここからが壮大なんだ。ウィリアムが家族とディナーをしていると、客が来る。死神を名乗る客がね。彼は、"そうだ"って言うんだ。ウィリアムの質問の答えだってね。で、ウィリアムはもう長くない、だけど死ぬ前に自分に現世を案内しろって言うんだよ。当然ウィリアムは乗り気じゃないけど、逆らうこともできない。結局承諾して、家族のディナーにも一緒にいさせるんだ」
そこで区切ると、日野は悪戯をしかけた子どものような顔をして速水を見た。
それに苦笑いしながら、速水は先を続けるよう手振りで促す。日野は満足気に続けた。
「ディナーに遅れてきたスーザンは驚く。なんてったって、あのコーヒーショップのイケメンが家族みたいに、みんなとディナーを共にしてるんだから」
「死んだコーヒーショップの男に、死神が乗り移ったってわけか」
「そういうこと。当然、死神はそんなの知らないし、ぎこちなくてチグハグな感じになるんだ。でもね、死神はスーザンに恋をするんだよ。この時点でスーザンには彼氏がいるんだけど、でもスーザンだってコーヒーショップの男に惹かれてる。そして、同じ姿をして目の前に現れた死神にも、心を揺さぶられる。お互い、惹かれあってるけどもどかしい感じになるんだよねぇ」
「よくある恋愛映画って感じだな。恋の相手が死神ってとこ以外は」
「まぁ、基本はね。死神は、すごく現世を楽しむんだ。ピーナツバターにどハマりしたり、ウィリアムの職場に着いていって見学してたり、スーザンの職場に顔を見せたり。わりとやりたい放題過ごすんだ。でもね、その振る舞いや言葉で、人の心は変わるんだ。特にウィリアムは、死ぬ前に自分の残したものを守りたいって強く思うようになる。まぁ、それで一悶着起こるんだけどね」
「なるほど」
「僕が好きなのは最後の方だから、話すとネタバレになるのが残念だよ。単純な恋愛映画じゃないってこと、最後の最後が物語ってるんだ」
肩を落として見せる日野に、速水は肩を竦めた。日野は、ポケットから飴を取り出すとゆらゆらと揺らす。
「スーザンとの恋愛映画って面で見ると、大事なのはスーザンが"誰に"恋をしたのかってところなんだ。同じ姿をしているから、スーザンは死神とコーヒーショップの男が、精神的には全くの別人だなんてわからない。そして、不器用で浮世離れしてて、ある種純粋な死神に愛情を感じてる。死神もまた、美人で一生懸命で賢いスーザンに恋をした。だから気付かないんだよね、スーザンが見ているのが"どっち"なのか。死神は長いこと生きてるけど、感情面はすごく子どもなんだよね」
「コーヒーショップの男か、死神かってことか。結局スーザンが好きになったのはどっち?」
「それはネタバレだから秘密。三時間ある映画だけど、時間作って観てみてよ」
「なんとなく結末が見えた気がするけど。まぁ、時間があれば」
「絶対だからね。僕としては、この映画は恋愛映画って括りでは収まらないと思うんだ。もちろん、軸はそうなんだけど。恋だけじゃない愛もあるってこと。死神が、人間的な愛を知る映画だよ。スーザンからは、それこそ恋愛ってものを与えられる。でも、ウィリアムからも愛を教わってる。自分の人生とか、自分が作り上げてきたものに対する愛。誇りって言ってもいいかな。それから、ウィリアムの家族たちからは、家族への無償の愛情を見せてもらってる。娘が親を思う気持ち、親が娘を思う気持ちをを。それにね、一人のお婆さんから、生きることや死ぬことへの価値観、嘘のない愛を得ることの大切さを教わるんだ。自分が元いた場所を愛することも。そういう経験があって、死神が人間的に成長していくんだよ。それでようやっと、死神は人間が愛と呼んでるものや、人間の愛の表現を理解することができる」
「なるほどね。確かに、単純な恋愛映画ではなさそうだ」
「でしょ? だから、ぜひ観てよ。君が結末までちゃんと観たら、話したいことは沢山あるんだから」
「はいはい。じゃあ、今日はジョー・ブラックをリスペクトして、ピーナツバターサンドにするか?」
「わかってるねぇ。お願い」

この記事が参加している募集

スキしてみて

映画感想文