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消えゆく声を呼び起こす『ゴジラ-1.0』

半世紀近く日本人として生きていているけど、ゴジラを映画館で見るという選択肢を取ることは全く無かった。もともと怪獣映画にも全く興味がない。でも、『ゴジラ-1.0』だけは、絶対に映画館で見なくては、強く思った。そうさせたのは、VFXが得意な山崎貴監督が撮った作品はやっぱり大画面で見ないと楽しめないということ(『アルキメデスの大戦』を長距離フライトの機内で見てすごくがっかりした経験から)と、その時代設定にビビッときたからだ。

丁寧な時代考証でなぜ戦後にゴジラを日本人が退治しなくては ならないのかをきちんと説明していて、きっとこの映画を見ることなくこの世を去った私の母や祖父母たち、多くの映画ファン、映画人、そしてゴジラの存在さえ知らない英霊たちでさえも、この『ゴジラ』を見たら喜ぶのではないかと思うぐらい、とてもいい映画だった。

最初に山崎監督の良さを私に教えてくれたのは、今から20年程前、文章を書くためのカルチャー講座に通っていたとき、そこで教壇に立っていた先生だった。先生は戦前生まれで、講師していた頃はすでに70代を超えていらっしゃったのだが、そんな年齢的なイメージとは逆に、当時最新VFXで日本映画界の話題になっていた山崎監督のデビュー作『Juvinile』を「話の作り方がとても上手いから、見なさい。」と静かに薦めてくれた。先生は名前が世間で知られるほど有名ではなかったにせよ、何冊か本も出版され、60年代から70年代にかけては放送作家のようなお仕事もされていた方のようだった。「私の作家としての原点はね、空襲警報が鳴って防空壕に入っているとき。小さな妹と弟がいて、私は長男で二人の子守役だった。子供は防空壕でじっとしていられないから、興味を引くために、いろんなおもしろい話を作っては二人に話して聞かせた。でも子供ってのは残酷で、つまんない話だととすぐに飽きてあくびしたり、泣き出したり。それで鍛えられましたね。どうやれば、二人が飽きない話が作れるのか。なにせ娯楽なんてない時代だったですからね。」この先生のお名前は、残念ながら失念してしまった。教えているときにはすでに病弱だったので、もしかしたらもうこの最新ゴジラを見ることもないのかもしれない。

今の日本(日本国憲法と自衛隊を持つ国)になる前の日本を体験してきた世代が、年が経つにつれて少なくなっていく。『ゴジラ-1.0』は、そうした消えゆく世代の声を、どこか遠いところから呼び起こしてくれるようでもあった。

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