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母のそばで♡奇跡を生きる!篇

95歳の母が私の家で暮らすようになって4か月目。
救急車で病院に向かったときは、
お別れを覚悟した。
肺ガンの末期と言われ、胸水が溜まっているのに
「抜いてもすぐ溜まるから」と言われて
失望したことも。

あの日のことが嘘のように今は元気。
酸素を吸いながらドライブにも出かけるし、
買い物も楽しむ。
外食だってできるようになった。
母の家にも泊りがけで帰ることができた。

母は今、奇跡を生きている。


医療の力を借りて


緩和ケアの訪問診療、訪問看護、配薬にも
お世話になっている。
これから訪問リハビリも行う予定。

緩和ケアの先生に、家で胸水を抜いてもらった。
半分ほど抜いてもらったら、ずいぶん楽になったようだ。
大きな病院で抜いてもらえなかったときは
ショックだったけど。
酸素濃縮器から酸素も吸っているので、
呼吸が楽になった。

顔色も良くなったし、ご飯だって食べるように
なった。

何度か危機を乗り越えて、今は安定している。
ステキなお医者さんに出会えて、たくさんの人の力を借りているので、苦しむことが今はない。

ありがたい!!

人生の最後を少しでも楽しく過ごしてほしいと
思っている。


見かけだけ?


週1回の訪問診療で月に1回、血液検査をする。
先生がいらっしゃる日は、母は嬉しそうだ。
先生や看護師さんと楽しそうに話している。
絶好調のように見える。

しかし!!

診療後、母のいない所で驚愕の事実を
知らされた。
血液検査の結果が、おそろしい数値を
出している。
腫瘍マーカーとやらが勢いよく増えているのだ。

元気そうに見えるけど、癌は増えている、
ということらしい。

「先生、これ本当に母のデータですか?」
出かかった言葉を飲み込む。

先生が仰るには
「元気そうに見えるのは環境が良いから」
「本人が心から安心して過ごせているから」。

環境はみんなで協力して整えているから、
確かに良い。
常に誰かが会いに来てくれ、笑顔を届けて
くれる。
母の好きなご飯を出せている。
日課になっている風呂上がりのわずかなビールとアイスキャンデー。

それに苦しいときは24時間、病院や訪問看護に
電話して良いことになっている。
これが最高に安心できる。
いざという時のとっておきのお薬もある。

だけど、それで元気そうに見えるの?
データと目の前の母が一致しない。


ショック!!


この事実を夫や妹たちと共有。
みんな驚きとショックを隠せない。

確かにこの1~2か月で10キロほど痩せた。
しかし、もともとがぽっちゃりだったので、
今は適正体重だ。
自分のことは自分でできるし、新聞だって
本だって読んでいる。
お喋りもするし、お出かけもできるのに!

驚いてみるものの、なんだか変な感じ。
こういうのを「受け止められない」
というのだろうか?

心のどこかで「まさか!」と思っている。
事実から目を逸らしているのだろうか?

妹がやっとのことで
「お母さんには奇跡を起こしてもらおう」
と言った。

いやいや、妹よ。
お母さんはすでに奇跡を起こしている。
今、奇跡を生きているよ!!


終わりはゆっくりか、急か?


夜中にふと目が覚めて、母を見る。
良く寝ている。
寝息も聞こえないときはどっきり!

そっと布団を掛けなおす。
すると寝返りを打ったりして、ホッとする。

「眠れない」と訴える母だが、
ちゃんと寝ている。
目が覚めることもあるのは事実だが。

「息してるのかな、と思う時があるんですよ」
そんな話を先生にした。
するとーーーーー

次第にご飯を食べなくなって痩せていき
ああ、いよいよだな、というなかで
亡くなる場合と
さっきまで話してたのに、目を離したすきに亡くなる場合があります。

そんなことを聞いた。

今から先はそんなこともあると、
覚悟が必要のようだ。

私は今
本人が苦しくなければそれで良い、
と思っている。

以前は仏壇の父に向って
「お母さんを守ってください」
と祈っていた。

今は
「迎えに来るときは、お母さんが苦しくないように、怖がらないように優しく迎えに来てね」
と祈っている。

さて、奇跡はいつまで続いてくれるのだろうか?
何だか、「記録に挑戦!」という気持ちになっている。


最後までおつきあいくださり、ありがとうございます。








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