定まらぬ焦点 回る世界 口の戸は開け放たれ 意識が宙を飛び回る 緩み切った赤ら顔 混迷する夢現 錯綜を続ける言葉の群衆 歪な形に並べて笑う 日々の多くは生き辛く 明日は嫌でもやってくる 逃げるつもりはない これは挑むための酩酊だ 臆するな 四行の最中で単語と踊れ 恐れるな 嗤っているのは路傍の石だ 恥じるな その言葉が己の全てだと 酔っぱらえ 今日を足掻く自分自身に さあ、格好良く酔おう 悲喜こもごもを生き抜くために 身の丈に合わぬ夢を見て 奮い立つための詩を詠むの
日の目を見ない引き出し 日の目を遮り続けるカーテン 動くのは来訪者にじゃれ付く埃くらいで 止まった時間の匂いに咽ぶ 朽ちても崩れぬ本の群れ 褪せても消えぬ写真の笑顔 二度と帰らぬ団欒の残骸 揮発した思い出の香りを偲ぶ まだ覚えている 喧騒で輝いていた日々を もう薄れている 時間が静かに積もるだけ いつまで残るのだろう 誰も触れない静寂は いつまでも残るのだろう 私が死んだ後も、ずっと あの頃の私よ 理想の大人になれただろうか あの頃の君よ 今も元気でいるだろうか 今
纏まらない頭の中 雨に惑う波紋のよう 落ち着きのない言葉の群れ 雨に燥ぐ水面のよう 言葉に詰まる 言葉が詰まる 水底にいるようで息が詰まる 私の鬱血が始まる 煌めく光を欲している 繁る葉から覗く陽光に似た 真っ直ぐ照らす光が欲しい 雲間の底で笑う月に似た どこにある この無気力を祓う言葉は どこにある 私まで届く光の縁は もがく手は伸ばせているか 足掻く足に力は入るか 睨む目は死んでいないか 奮う心に笑みを浮かべる余裕はあるか 天ばかり見上げてはいられない 俯いてし
湿気りに湿気った重い世界 朝日がシルクの湯気で包む 蜘蛛の糸には輝く星 物干し竿に連なる琥珀 朝が変えていく 重苦しい灰色を 朝に変えていく 暗がりに慣れた目を焼いて 羨ましく思う 劇的に変わっていくその様を 劇的に変われるほどの余地を 私を置いて輝く世界を 朝が美しい 太陽が美しい 世界が美しい それを見ている私はどうだ 朝が来ても変わらず 太陽が照らしても輝かず 私は私のままで 今日を生き抜いていくしかない 変わらないのは良いことか 変われないのは停滞なのか そ
ふと浸る秋の日和 紙の香りで思い出す 出会いは暗がりに咽ぶ書庫 一人称が僕から俺に変わる頃 知識もなく 経験もなく 詩人を名乗る気概もなく 笑われる度胸もなかった 命について 人生について 自分について 書きたいことは沢山あるのに 怯えていた 誰かの哄笑に 怯えていた 普通の枠から外れることに 笑われた 愛について語るだけで 嗤われた 詩を書いているというだけで 幼さ故の不寛容 異物を許さぬ鉄の社会 幼さ故の狭い視野 自由に生きる術など知らなくて そんな時に恋をし
足を取られてつんのめる たたらを踏んで立ち止まる 気付いた時には手は遅れ 微睡の沼にずぶずぶと こいつは駄目だ 抜け出せる見込みはない まあ、いいか なるようにしかなりはしない 急ぎすぎたかな 腰まで沈んで他人事 もう少し行けたかな 首まで沈んで世迷言 時間が足りない 炊事、労働、日々の些事 身体が足りない やりたいことが多すぎる それでも眠れ、と脳が急かす 明日の為に今は休め、と 眠ることも生きる内 分かっているから身を委ねる 良い夢など求めない 朝までを長く思う
空には巨大な魚の鱗 天気の情緒は乱高下 蝉の輪唱は鈴虫にバトンを渡し 夜の朧に月が透ける 風は乾いて透明に 次の舞台へ装い新たに 太陽は未だに頑迷に 今の舞台の名残を惜しむ 眩しい季節が過ぎていく 鮮烈な緑と青の残像を置いて 美しい季節がやってくる 短くも輝く赤と金の全盛期 ああ、楽しみだ 夜風と散歩がてらに月を口説こう ああ、待ち遠しい 太陽と空に魚を探そう 何度も巡る四季の一つだ されど一年に一度の季節だ 同じ名前で呼ばれていても 同じ様相には二度とならない 二
さようなら そう言って君から手を離す さようなら そう言って君に背を向ける 夜が鳴っていた 夜明けを待つ山の向こうで 愛が鳴っていた 風を切って歩く私の心臓で 無意味だろう ああすればよかったなんて 今更だろう 何をしても悔いは残るさ これが最後なんて 喉元を過ぎるまでの陶酔さ 馬鹿な生き物だ 熱さなどすぐに忘れて孤独を疎む そして、また出会う 別れに向けて歩き出す 昔の偉い人は言いました さよならだけが人生だ だからこそ 良いものでありますように 別れへの道のりが
風と遊ぶのに飽きた粉塵 掃けども掃けどもまた積もる 庭で勝手に栄える草花 抜けども抜けどもまた生える 視界を薄く塞ぐ眼鏡の汚れ 拭けども拭けども付着する 夜を渡り追い掛けてくる焦り 越えても越えてもまだ尽きぬ 探しているんだ 何か残るものは無いのかと いつか塵芥に成り果てる この世の無常を恐れている 眠れぬ夜に逃避に開く 真新しい紙片の古い詩編 片隅の詩に勇気を貰う 作者の銘は詠み人知らず ああ、これでいいのか 顔や名前は残らずとも 詩だけは時代を超えた 綴った心は私
何を達観している 悟りが開けたわけでもあるまいし 何を諦観している 諦めるほど挑んでもいないくせに 何を納得している 欠片も同意などしていないくせに 何を斜に構えている 向き合うのが怖いだけだろう 何を理解している 何を同調している 何を哄笑している 何を便乗している 何を 何を 何を 何を満足などしてやがる 何も満ちてはいないだろう 何も足りてはいないだろう 思うことがないのなら 白紙の原野になど立つものか 創作とは反発だ ありとあらゆる理不尽に 耐えに耐えた末に
焼けていく 夜の色をした鋼の蓋が 焼けていく ヒート・グラデーションの果てに朝が来る 焦げていく 斑に絡んだ白くて青い天蓋が 焦げていく 炭化して澱んだ夜になる 私は想う 星も月もいない夜の終わりに 青空も碌に見えない昼の終わりに いつか来る、終わりを想う 命はいつか尽きるものとして 私の限りもそこにあるのか 命の後に尽きるものはないとして 私はどこまで付いて行けるか いつか、来るのだろうか 花に和まない日が 鳥に憧れない日が 風に癒されない日が 月に見惚れない日が
花火で増水した大通り 人混みの濁流に成す術はない 立ち止まることは許されず 空を見上げる隙間もない 見渡す限りに犇めく誰か 沢山の視線が行きかって 沢山の言葉が飛び交って 脳が疲弊するのが良く分かる 闇夜に始まる花まつり 音と光の花御堂 星も月もお呼びでないと 大輪が空を独り占め 楽しい時間は早々と 祭りの後は淡々と 後の祭りと辟易と 通りはまたも人の奔流 やめた、やめたと立ち止まり 喧噪から外れて空を見る 焦げ臭い空に瞬く月と星 やはり私はこっちが好きだ 一人、佇
蒸し上がった晴天 響く霹靂の唸り声 冷たい風に扇動されて 夕立が私を𠮟りにやってくる 怠惰な夏だ ただ漫然と生きている 全てが汗に混じって流れていく 暑さを前に人は無力だ 探してしまうのは理由だ 何かに挑まなくてもいい理由だ 流れるままの水に憧れた 底に向けて転がるだけでいいのなら 分かっている 酷い有様だ 分かっているのさ どうにもならないというだけで だから夕立、早く来い 怒声のような霹靂で 殴打のような雨粒で 怠惰な私を叱りに来い 怒鳴りつけられて 横っ面を張
単純な言葉だ 角も丸く削っておいたのに 縦横無尽に跳ねて回って 軌跡はいつしか幾何学模様 無難な言葉だ 悪意など欠片もないというのに 波紋は次第に大きくなって 津波のように私を叩く 私には福音 同じ音のはずだろう 誰かには断末魔 同じ形の波だろう 分からなくなる 言葉に塗れて生きているのに 聞き違えてしまう 言葉を生み続けているのに どんな発音なら どんな語彙なら どんな意図なら 正しく伝わる言葉になるのか 言葉を生むのが怖くなる ただ一言、謝るだけなのに 言葉を聞
世界に満ちる愛の光 社会に満ちる人の闇 遥かな未来に満ちる希望 太古の昔に満ちる浪漫 御大層な詩が歌いたい 壮大なテーマを 大きな主語で 全ての横っ面を張るような だから探している 聞き心地の良い言葉を 心が躍る文句を 痛烈なフレーズを だけど見つからない 用意した紙面は奇麗なまま 雲一つない空のように 風一つない水面のように 謳うほどの愛があるのか 誹るほどの闇を知っているのか 語るほどの希望を抱いているのか 宣うほど浪漫を信じているのか 嫌になる 薄っぺらい自分
陽だまりが消えた 消えることは分かっていた どうにも出来なかった 雑に言うならば運命だった 陽だまりが消えた 二つ目なんて存在しない これが最初で最後 唯一無二の温もりだった 陽だまりは消えた 後には雨が降るだけだ いつまで、なんて分かるものか 止むまで降るんだ、さめざめと 陽だまりは消えた 降り続いた雨も止んだ 気化した熱に奪われて 跡は日に日に薄れていく 忘れてしまうのか 私を支え続けた温もりを 忘れてしまえるのか 心に根差した愛と言葉を 忘れたくない 私が愛し