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ITベンダーの部長職から転職して『ユーザ側のシステム部長』になってしまった物語(2)

私が転職先に入社したのは、採用いただいた3週間後の2013年4月1日(月)、有休消化を1日も取ることなく、3月31日の金曜日の仕事を終えて土曜日に東京から愛知県に移動し、土曜日のうちに最低限の生活用品を揃えた。決めてから3週間しかなかったので、お付き合いしていたパートナー企業の方、社内の他部署の方、お世話になった方々にお礼を言う暇もなく、会社を去って行った。自分の中では、何の連絡も出来ない方々が沢山いて、不義理な辞め方だと思った。転職先から挨拶のメールを出してそれで許してもらおうと思っていたが、転職先は、セキュリティが厳しく、外部への発信メールには、自動的に上司に写しが入る仕組みになっていて、いきなり転職してきたばかりで、以前お世話になった方々に挨拶メールを送り、それを上司に見られると、転職してきた覚悟が出来ていないと思われるのも如何なものかと思い、結局挨拶メールも送れず、不義理どころか、ひどい奴になってしまって、お付き合いしていた方々にいよいよ連絡しづらくなってしまった。

さて、入社初日、私は、会社に行き、前任者から(辞めることにはなっていたが、引き継ぎ1か月後)、ロッカーの場所を教えてもらい、作業着を受け取った。これまでスーツにネクタイで仕事をしてきたが、製造業(自動車部品)なので、作業着が制服ですと言われ、腕に袖を通した。これまでにない違和感と今まで必要だった、スーツ、ネクタイ、革靴などが不要な生活になるのかと思うと、少しだけ寂しさを感じた。ロッカーは、部長職は一般社員とは別の部屋になっており、差があるのがちょっとした驚きであった。

作業着に着替えた私は、ロッカールームを出て、会う人、会う人に「おはようございます」と挨拶をしながら指定された職場に向けて歩き始めた。今は、お互いにどこの誰だか分からない関係だが、挨拶しておく分には、損はないだろうとの思いからである。職場に着くと、前任者から、「入社式があるので、会場に行きましょう」と言われ、入社式までしてもらえるのか、と思ってついて行った。会場に付くと案内の係の人に「あちらにお座りください」と通された場所は、なんと、新入社員を迎える側の部長席であった。「私の入社式じゃなくて、新入社員を迎える側かぁ、えー、いきなり、会社のこと何も知らないのに最初の仕事がこれ?」、しかもまだ、部長も役員も誰も座っていないところに私が先に座っている状態。緊張以外の何ものでもない。そして徐々に部長、役員が入ってこられて、「この人が転職してきたITの部長かぁ」という目で見て、そしてそれぞれ自分の席に座っていく。この場所に私が知る人は、社長と人事担当の方2名だけ。「こういうことになるのね」と予想だにしなかった、最初の仕事であった。

入社式も終わり、職場に戻ると、前任者から1週間のスケジュールを渡された。この会社は、4月と10月に海外拠点の社長、役員の方々が戻ってこられて、1週間かけてグローバル全体の事業の会議が行われる。部長以上は、「すべての会議に参加することになっています」と言われ、すぐに始まるその会議のために役員室へ行くことになった。

これらの会議は、それぞれの海外拠点の社長、役員が事業計画を発表し、様々な方が質問、議論をする場で、もちろん、私が知っている、会社組織の知識ゼロ、業界知識ゼロ、製品知識ゼロ、生産工程の知識ゼロ、海外のマーケット知識ゼロ、社内のシステムの知識ゼロ、とにかくゼロ尽くしの中で、話を聞いた。話を聞いて、ITとの関連性を把握し、社内のシステムをその事業計画に合わせて考えるのがこの先の私の役目だとは思うものの、何をどう考えていいのか、全く分からずにすべての会議は終わってしまった。

この会議の中で得たことは、ITベンダーが提案書を作成する際に、「貴社の業界の問題点」「貴社の進むべき方向性」など、いかにも分かった風なことを書くのだが、この内容が全くもってお粗末なものだったんだということが分かったことだろう。事業会社は、もっと論理的であり、様々な情報から進むべき方向を判断しているということである。各国のGDP、人口統計、規制、政治、自動車の進化の方向性、競合自動車会社の動向、部品を販売している自動車会社の戦略、販売予測、それを基にした自社への見込み、その内容がより具体的に自社のビジネスに紐付いたものとして分析、判断がなされている。このような状況・情景は外部の人は見ることが出来ない、ましてや業界の専門でもないITベンダーに分かるわけもなく、とても感動したことを鮮明に覚えている。ITベンダーが書くものなんてRFPに書かれていることと世にあふれている情報をまとめただけで、提案を受けるユーザがその内容に関心を持つことはなかったのではと思った。

こうして、転職後の1週間は、緊張、驚き、感動の日々で過ぎて行った。

では、また。


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