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石炭御殿 - Short story -

・石炭御殿

 城跡の取材を終えたサラは次に予定していた石炭御殿跡に向かっている。
サラは遺跡ジャーナリスト、この御殿跡を知ったのは城跡探訪の依頼が入ったときだった。
城跡に関係した資料を下調べしていると、近くにあるこの石炭御殿跡という文字が何度か出てきた。
ついでに調べてみると人身売買や汚職、不審死までからんでいる。
火事になって建物はすでに無いが、まずは現場にいかなきゃ始まらない。
必需品のスマホとメモ帳をバッグに入れ、いずれ機会があれば御殿について何か書くつもりでいる。

御殿が消失したのは昭和二十年八月の終戦を間近にした七月だった。
いまはその残骸と雑草におおわれている。
御殿といえば大屋敷か城のような姿を連想するが、ここは違う。
中世のヨーロッパ風の二階建ての建物で石材が多量に使われた白亜の御殿だった。
ここには地元の政界や経済界の人物、新聞社幹部や地元の実力者から近隣の者、果てはヤクザや色町の関係者までもが集っていた。
こういう御殿だから普通の屋敷には無い部屋もあった。
女たち専用の棟やなぜか医務室、窓が無く鍵がかかった折檻のための部屋まであった。

 御殿をつくった人物は炭鉱で大儲けした男だったが、この男も何かと悪い噂が残っている。
火事が起きたとき、男には政界への汚職や御殿での違法賭博、婦女子への虐待、事件の容疑者の隠れ家などが疑われ、警察の手が入る直前だった。
火事も放火ではないかと疑われたが、男は数人の使用人とともに逃げる途中で使用人の一人に殺され、結局うやむやのままで幕を閉じた。
この使用人もその後に自殺しているのが発見されたが、これも他殺の疑いがあった不審死だ。
「地元の人はみな親切で感じがいいけど、御殿のことは話したがらない人もいる。この御殿は闇が深そう、いままで誰も書かなかったのが不思議。じっくりと調べればわたしの名前が売れるチャンスになるかも」
ジャーナリストも名が売れてなんぼの世界、サラにも打算がある。

 御殿の跡は車でも行けるのだが、春めいて天気はいいし風も心地いい。
「若い人なら歩いておよそ2,30分くらいですよ」と言ってくれたのは城跡で花壇の手入れをしていたボランティアの婦人だった。
小さな森を抜けると大きな空き地が目の前に現れた。
「ウワッこれは広いわ」
傾いた小さな手描きの看板があり「石炭御殿跡」とある。
背の低い雑草と荒地と朽ちた廃材を置いた盛り土が混在している。
入ってみると礎石らしい石組みが残っており、ばらけた壁の石や床石あるいは煉瓦や瓦などがあちらこちらに野積みになっているが、ほとんどに焼けた跡がある。
御殿が丸焼けになると使えそうな石材や煉瓦や石像や飾りの彫り物などは総て奪われ持ち去られた。
「最後は火事場の盗人までやってきたわけだ」
見ると大きな四角い白い石が一つだけポツンと雑草の中から頭を出している。
サラはその石に腰かけ、帽子を脱いでタオルで汗を拭いた。
この眺めと屋敷での事々をどうまとめて面白い記事にするか、サラは考えている。

・妖婆

 とつぜんサーッと風が吹き雑草が波のように揺れ、サラの目の端に人の形のようなものが浮かび上がった。
見るとそれは子どもの姿になり、女の子の姿になった。
(真っ昼間なのに怨霊?)サラは固まった。
うつぶせ気味の顔は長い髪で隠れているが、十四五歳くらいに見える。
着ている白いワンピースは昭和を思わせる。
(何よこの子、いきなり現れて気味の悪い)
「こんにちわ」
サラは言ったが女の子は黙っている。
異様な雰囲気が漂っている。
風がまたサーッと吹くと髪が揺れて横に流れた。
すると女の子は顔を隠すように両手でさっと顔をおおった。
手首も手も細く青白い。
「あなたご近所?」
何も言わない。
「あなた、何か言ってよ」
手で顔をおおったまま黙っている。
サラは立ち上がって近づくとその子はスッと下がって消えた。
「幽霊とも違うようだし、怖くなかったし、何だろういまのは」
すると後ろのほうから嗄れた(しゃがれた)声がした。
「あんた、そこで何しとるん」
振り向くと白髪を髷にした着物姿の老婆がすぐ後ろに立っている。
この老婆も近づいてくる気配さえ感じさせなかった。
あの女の子と同じく昭和を思わせる姿だ。
そして顔も手もやはり細く青白い。
「いまここに十四五くらいの女の子がいたんですけど、消えて・・」
「女の子がいたのかい」
「はい、いきなり現れいきなり消えました」(あんたもいきなり現れたよね)。
「ここらに家はないし、人もいない。あんたの錯覚じゃないか」
「いえ、確かに見えました。いたんです」
「わしもあんたが道を歩いてくるときから見ておったが、そんな子なんかおらんかった」(ウソだ、絶対見てる)
「わたしを見てたんですか」
でもサラは老婆なんか見ていない。
「お婆さんはお住まいは近くですか」
「うん、すぐ近く、近くじゃよ、じゃまァ気をつけてな、さいなら」
「ああどうも失礼します」
老婆は空き地の奥のほうへ帰っていく。
「どこへ帰るのよ」
すると後ろに人の気配を感じて振り向いた。
「ギャッ」
その老婆が後ろにいる。
「おどろいたか、すまんすまん」
「帰られたですよね、なのにいきなり後ろから」
「怖がらんでもええ、あんた真面目そうじゃし話しがしたくなっての、戻ってきた」
(戻ってきたって、どこからよ)
「あんた勤め人か」
「いえ」
サラは自分の仕事とここにきた理由を正直に説明した。
「そうか、若い女が一人で、ええ時代になったのォ、この屋敷に興味がのう。どの程度知っておる」
「公開されている程度は」
「なら公開されていないことを知りたくないか。記事にしてもええぞ」
サラは記事の二文字に誘われた。
「白亜の御殿と言われておったが実態は真っ黒い御殿じゃった。記事にしたくないか」
記事にやけにこだわる。
サラは「はい書ければ」と答えた。
思ってもいなかった展開になった。
婆さんが妖怪だろうと亡霊だろうとネタになるなら何でもいい、祟りもなさそうだ。
老婆はサラが座わる石には座わらず、すぐ横に積んである煉瓦の欠片の山に座わった。
「お尻が痛くはありませんか」
「何も感じん」
「・・・・」(痛みを感じないのか、やはりね)
サラはスマホのレーコーダーのボタンを押した。
「あんたいま何した」
「あ、あの録音を」
「そうか・・・・」
老婆は話しを始めた。
「この屋敷は外壁に白い石材を張った二階建ての家で屋根には柿色の瓦が葺いてあった。広間が三つに客部屋は大小合わせて五十を越え、広さは見ての通りの豪壮さでな、毎日毎晩が宴会と女遊びと賭博で阿片もやっていたという噂もあった。中央や地元の役人を巻き込んでの汚職もやっておった」
「へ~そんなに、折檻するための部屋もあったそうですね」
「うん、男の命令に従わない女や不始末を起こした使用人を閉じ込め、ときには拷問のようなこともやっておった」

「ある日な、屋敷に娘がやってきた。カワイイ子でな歳は十四、長いおさげ髪に白いワンピース、白い靴下に黒い靴を履いておった。娘を横に立たせて男が使用人たちに言うた。『わしの養女じゃ、今日からわしの娘になる。バイオリンが好きでの、以後粗相のないようにせよ』とな」
「へえ、養女が、それにバイオリンまで」
「うん、バイオリンは後日届くということじゃった」
「男の人は悪人のように言われていますけど違うのでしょうか」
「娘は騙されて連れてこられたのよ。娘の家族も騙されていたのよ。しかし屋敷の者はみな知っていた」
「騙されていたんですか」
「そうよ、それにそういう娘は初めてではないからの」
「その前にも」
「ああすでに二人いた。二人はともに半年あまりで姿を消した。どこかへ売られたのじゃろう」
「・・それでその娘さんは」
「騙されていたことがバレる日がきた。バイオリンなんかとうとう来なかった」
「途中ですけど、その娘さんはどこから」
「城跡のそばに町があるじゃろう、あそこからきた。父親が事業に失敗して多額の借金を背負った。もう借りる当ても食う物もない。一家心中かというときにな、呉服屋を名乗る男が訪ねてきた。呉服屋はウソで正体は女衒じゃった」
「女衒は家の事情を知ってきたんですね」
「その通り、よう知っておるの、話しやすいわ。家の借金、両親と祖母、祖父は行方不明、そして一人娘、娘は顔が可愛くて素直、加えて当時は珍しかったバイオリンが上手かった。じゃがそのバイオリンも父親の借金の支払いに売られていた。女衒には願ってもない娘じゃった」
「一家は足元を見られたんですね」
「そうよ、アイツらには女は物でしかない『まだ幼いので当分は店には出さず、あれこれ芸事を教えてから後に考えてみると先方も申しています』と女衒は言った。母親は猛反対したが父親は受け入れた。というよりも娘本人が『わたし、あのオジサンの言う通りにします』と言ったのじゃ。家と親のためにいく決心をしたのよ。そして3000円で話しがついた」
「3000円」
「当時は大金よ、それで娘が連れていかれたところが石炭御殿じゃった。父はそれを知ると話しが違うと何度も御殿に行ったが門前払い、最後には半殺しにされた」
「警察は」
「御殿には警察官僚も入り浸っていたでの、役には立たん。そして半月も経たぬ夜のこと、男は娘を呼んで襲った。まだ十四の子どもじゃ、男の力には勝てぬ。助けてくれる者もおらず、あくる日からは地獄の日々よ」
サラはいつの間にかスマホを手に持って老婆に向けていた。
「しばらくして娘は労咳持ちだとわかった」
「労咳、結核のことですね」
「うん、あれはうつるからの、男はそれを知ったとき娘を二階の折檻部屋に入れた。それでも夜になると折檻部屋から出させては弄んでいた。人の姿をした獣よあやつは。そして娘はとうとう血を吐いた。男はこう言うた『この役立たずめ、わしを騙しておったな、払った銭ほどの恩返しもせずに、このガキ』というや娘をたたき続けた」
老婆はため息のような声を出しながら続けた。
「娘は血を吐き泣きながら男にされるままになっていた。何か言おうにもまだ十四歳じゃ、言葉さえもロクに知らぬ歳じゃったからの、そんな日が続いたときに火事が起きた」
「あの火事も色々噂があるんでしょ」
「うん、”気違い”たちの巣窟じゃったからの、何が起きても不思議はない。屋敷は客でいっぱいじゃったが台所から火が出た。外見は石と煉瓦と瓦の御殿じゃが、中は違う。天井も壁も廊下も板の間も家財も畳もみな木や紙や藁じゃ。建物の壁はそのままで窓やベランダや出入り口から炎が火山のように噴き出した」
「娘さんは」
「折檻部屋の鍵は男が持っていた。『わしが開けて娘を連れだす』と叫んでいたが嘘じゃった。腹心の使用人たちに荷車を押させ、自分は金を詰めた大きなカバンを抱えて逃げた。あまりの準備のよさに火事は男の自作自演ではと皆が思った。
「それで娘さんは」
「客や消防団の者たちもなす術が無い。炎が噴き出す二階の窓から娘の声と悲鳴が聞こえてくるが助けに行く手立てもない。娘の声が段々小さくなり消えていったのを皆はじっと見ていた」
「かわいそうに」
「男は逃げるとき消防団の者に娘のことを聞かれるとこう答えた。『あんな労咳もちのガキなんぞ助けても長生きはできん。早めの火葬じゃ、ほっとけ』とな、血が通う人間の言葉ではないよ」
「・・・・」
「あの娘(こ)、何のために生まれてきたのか、大人たちの慰みと犠牲になるために生まれてきたようなものじゃ」
老婆はじっと地面を見つめている。
「その後、その男は殺されたんでしょ」
「ああ、金を管理していた使用人にな、何かあったのじゃろう、腹を包丁で裂かれてな、悪人らしい死に方よ」
サラはスマホをいじりながら尋ねた。
「お婆さんはいまお幾つですか」
「いまか、67じゃよ、なんで」
「67歳、でもこの屋敷で火事があったのはいまからおよそ80年前、なのに見ておられたようにお話しをされる、なぜですか」
老婆はちょっとマズかったかというような顔をして黙ってしまった。
この人やっぱり、とサラは思った。
思ったが不思議と怖さは感じない。
何かをされる、祟られる、という気もしないのだ。
老婆はサラの空気を感じたのか、話しを続けた。
「娘の遺骸は瓦屋根の下敷きになって砕け焼けてどれが土でどれが骨かもわからなかった」
「それで葬儀は」
「そんなものはない。そのときは両親はすでに心中しておった。こんなバカな話しがあるか」
老婆は何かに耐えるように右手で左手をもんでいる。
「じきに敗戦で世の中がひっくり返った。アメリカの占領政策で何もかもがひっくり返り、天皇陛下も現人神(あらひとがみ)から人になられた。みな生きていくのに必死での、辺りには外の町から買い出しの連中が列車に鈴なりになって百姓たちの家に押しかけてきた。金や着物と引き換えに米や野菜を持っていくんじゃ。国が変わって役人もにわか左翼になって行政もてんやわんやじゃ。売られて焼け死んだ娘にかまう者なんかおらん。結局骨らしきものを集めて埋めて墓石代わりの石を置いた」
「置いた」
「うん、知り合いを呼んでな、重かった」
「重かった・・・墓石はどこです」
「あんたが座わっておった石よ」
サラはびっくりして二三歩下がった。
「す、すみません、気づきませんでした」
「ああ、ええ、娘も気にしてはおらん」
「さっきわたしが見た女の子とその娘さんは同じ人物でお婆さんのお孫さんでは」
サラが言うと老婆は話しを切った。
「話しを聞いてくれてありがとうな。それじゃさいなら」
老婆はスッと消えた。
「まずかったかな、中途半端になっちゃった。でもやっぱりさっきの女の子と娘さんは同一人物でお婆さんの孫娘なんだ。いやァおどろいた」
サラは墓石に手を合せた。
スマホの録音の再生をクリックした。
サラの声は聞こえるが、他は雑音だけだ。
サラには老婆の声が聞こえたが、スマホには老婆の声は聞こえなかった。
「あの二人ここにいるんだ、きっとそうだ、ここにいる」
サラは辺りを見回した。
風がないのに草が揺れているのが不思議だ。
すると今度は足元に人影が現れた。

・国民服の男

サラが見るとよれよれの国民服を着た男が立っている。
爺さんだ。
(この爺さん誰、あの世の住人らしきものが入れ替わり立ち替わり出てくる)
爺さんのほうが先に「こんにちわ」と挨拶した。
声は優しい。
やはりあの婆さんと同じで顔も手も青白く、血の気は無い。
サラも「こんにちわ」と返したが、続ける言葉が見つからない。
爺さんのほうから話し始めた。
「婆さんと話されていたもので遠慮していたんですが」
「じゃお婆さんとの話しも」
「ああ、聞いておりました」
「あのお婆さんとはお知り合いなんですか」
「わたしは婆さんの亭主です。あなたのご想像通り御殿で焼け死んだのは婆さんのつまりわたしの孫娘です。わたしは孫娘が売られる前に亡くなりました」
「あの世から」
「はい、バチ当たりなもので浄土にもいけず、ここらを彷徨っております」
「あのお婆さんのご亭主、どうしてお婆さんと一緒に出てこられなかったんですか」
「婆さんがわたしを避けておるんです」
「どうしてですか」
「孫娘を女衒に売るように父と母に言うたのは婆さんです」
「お婆さんが孫娘を」
「そうです。一家心中はできん。あの子を売れ。ここにいても先は無い。あの子だけでも生かせてやれ。そこが地獄でも生きておればなんとかなる。婆さんは鬼になったのです」
「・・・・」
「あの子を一番可愛がっていたのは婆さんでした。孫も婆さんが大好きでした。孫は子どもながら泣きもせず文句も言わずに女衒と去っていきました」
サラは必死で聞いている。
「もう孫娘とは一生会えない。孫娘も死ぬ以上の辛い日々が続く。婆さんは孫が去っていく後ろ姿を見ながら自分を苛みました」
「それでお婆さんはあなたに会いたくないと」
すると爺さんは黙った。
違うのか、とサラは思った。
話しを替えた。
「娘さんは先ほどは顔を隠していましたが」
「あなたに焼けた顔を見せたくないのです」
(そういうことか・・・)
サラは尋ねた。
「お爺さんのお歳もやはり」
「いま71歳、死んだときのままです」
「お婆さんもお気の毒に」
爺さんは少し間をおいて口を開いた。

「しかしの、本当の鬼は婆さんではないのです」
まだ話しは終わってないらしい。
「本当の鬼はわたしなんです。孫娘の労咳はわたしがうつしたのです」
「お爺さんが」
「はい、しかし家が困つているときに言えもしません。でわたしは海に飛び込み行方不明になりました。ですから両親も婆さんもわたしの労咳は知らず、孫娘にうつっていることも知りませんでした」
事情が一変した。
「そんなときにあの女衒がきたのです。わしは孫娘を女衒に売れと婆さんを黄泉の国から煽り続けました『病はない元気な子じゃと騙して女衒に売れ、売ればとりあえず一家が助かる。うまくいけば孫娘も医者に診せてくれるじゃろう』と」
「そんなこと」
「孫娘もわしには会おうとはしません。仕方ありません。鬼のわしに出来ることはここらを彷徨い、いつか孫娘が会ってくれることを願うだけです。婆さんも彷徨っているのです。孫娘も墓石の辺りにいて彷徨っています」
「みんなで彷徨っているんですか」
「まあそういうことです。おかしいですか、この辺りにも彷徨っている者はたくさんいますよ」
「たくさん・・・・」
「冷たい氷の海に浮かんで流れているような気持ちになるときがあります。氷がいつ溶けるのか、いつ暖かくなるのか、おそらく永遠にならないだろうと思ってます。総ての元はわたしにあるのです。ですから孫娘にも婆さんにも両親にも疎まれております」
(この話し、どう書けばいいんだろう、サラは困惑している)
爺さんは優しく言った。
「あなたに話して重荷が少し軽くなりました。ここで消えさせてもらいます。帰りはお気をつけて、話しを聞いてくれてありがとう」
サラは頭を下げ、上げると爺さんは消えていた。
「あっさり消える人たちね・・・つまりは孫娘が一番の犠牲者か、大人とは勝手なもんだ」
帰ろうとすると目の前にあの子、孫娘が立った。
やはり顔を隠している。
サラはもう一度声をかけてみた。
「こんにちわ」
すると返事が返ってきた。
「こんにちわ」
小川のせせらぎのような、すみきった声だ。
(こんな声だったんだ、この子)
そして孫娘は顔にかぶさった髪を救い上げ、顔をゆっくりと上げた。
サラはあわてて目をつぶった。
最後の最後で焼けた顔を見たくはない。
サラはそっと目を開けた。
色の白い丸顔、火傷も無いかわいい顔の女の子がそこに立っていた。
「エッ」
少し笑いながらサラに手を合わせた。
サラも手を合わせた。
女の子はそのままスーッと霧が消えるように見えなくなった。

サラは道を戻りながら思っている。
「三人ともあそこを彷徨いながら姿を現しては誰かに話すしているのかな。わたしに話したのが最初なのか、いやもう80年も経っているので誰かと話しているはず。となると同業者の誰かも聞いているかも。これは急がなきゃ、急いで記事にして明日編集部に行かなきゃ」
白いワンピースを着た女の子がサラの後ろ姿を見ていた。




















「そうよ、歳は?と言うたじゃろ、あれは死んだときの歳よ



















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