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(掌編小説)バイクに乗って猫を拾った

その日は天気だけが良くて、僕はイライラしたままバイクに跨ると、街を離れてとにかく山へ向かった。小さな排気量のオフロードバイクは、重い気分の僕を人里離れた林道に運んでくれた。僕は30歳を過ぎてフリーのwebデザイナーをしているが、最近は仕事が減り、とにかく滅入っていた。
狭い林道を抜けたところに小さな公園のようなものがあり、僕はそこにバイクを停めてベンチに腰掛けた。人気のない山の上で緑の木々を楽しむでもなく、ぼんやりとスマホをいじっていると、後ろの茂みでか細い鳴き声が。
「猫だ」
僕は茂みに入ると、段ボール箱の中に子猫が3匹いるのを見つけた。鳴いているのは黒猫一匹だけで、他の2匹は動かない。僕は鳴いている子猫を拾い上げるとジャケットの腹の中に入れた。段ボールの2匹はかわいそうに息絶えていた。僕は手を合わせ、近くに咲いている名前も知らない花を摘んで、せめてもと傍らに供え山を下りた。
マンションに戻ると段ボールで子猫の寝床を作った。実家で猫を飼っていたので、だいたいなんとかなる。帰り道、ホームセンターでミルクやら猫砂やらを買って、バイクに括り付けて何とか帰ってきたのだ。

黒い子猫にミルクを与えているとメールが来た。大学時代の友達のKからだった。KはIT会社の社長だ。

「半沢君!久しぶり!ポートフォリオ見せてもらったよ!君さえ良ければ、何本か案件を頼みたいな。条件は…」

僕は飛び上がって喜んだ。子猫の顔を見ると、まるで笑ったように「ミャア」と鳴いた。
「お前はラッキーキャットかもしれないな!名前はラキでいい?」
ラキの頭を撫でながら、僕は「K君ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」と返信した。

ラキを拾ってからというもの、Kからの仕事が途切れることなく舞い込んだ。報酬も悪くなく、僕は舞い上がっていた。久しぶりの休みにツーリングクラブの飲み会に参加したら彼女もできた。休みの日は彼女をバイクの後ろに乗せて海や山に行った。
「サトル君。バイクの運転優しいね。全然怖くない」
「そう?ユイちゃん。そう言ってくれるとうれしいな。本当にうれしいよ」

毎日が充実してお金も入って来ると、今度は株式に投資した。そちらも順調で、自分はwebデザインの才能だけじゃなくて株の才能もあるんだと、有頂天になった。マンションにはいつもラキが居て、僕は部屋で仕事している間ずっと、ラキを傍に置いては撫でたり話しかけたりしていた。

それから半年ほどたった頃、そうクリスマスソングが聴こえ始めた頃から、何となくおかしくなりはじめていたようだったが、僕はそれに全然気が付かなかった。

「半沢君。この案件お願い出来る?」
「K君。それはちょっと遠慮しとくよ。ちょっとねえ(笑)」

「サトル君。クリスマスどうするの?」
「ユイちゃん。ごめんごめん。株仲間の飲み会に行かなきゃなんないから、今年はスルー(笑)」

この頃からか、ラキの様子もおかしくなっていた。
「ラキ。ラキちゃん。なんだよ。つれないなあ」
僕がラキの前に手を出しても、ラキは後ずさり。何なんだよ。

寒い寒い正月が明けた頃には、彼女のユイと連絡が取れなくなっていた。LINEもブロックされて、電話も出てくれない。何なんだよ。雪まで降ってきた。

今年度が終わって4月を迎えたというのに、Kからは仕事の依頼が来なくなった。メールしても仕事が薄いだの、電話しても留守電。何なんだよ。くしゃみが止まらない。ついに花粉症になっちまった。

ラキはたまに僕の方を見て何か言いたげで、今もカーテンレールの上から僕を見下ろしている。そういえば株仲間の勧めで買った株も大暴落してるし、何なんだよ。

そんなある日。マンションの管理会社から通達が来た。

「何度かメール等でお願いしておりましたが、このマンションはペット禁止になっております。期日までに従っていただけない場合は、退去していただくことになりますので、よろしくお願いいたします」

僕はラキを見上げた。
ラキはカーテンレールからテレビの上に下りて、そして珍しく僕の膝の上に乗ってきた。ラキは僕を見上げて、僕が頭を撫でると目を細めた。拾ってきた時よりも、だいぶ大きくなったもんだ。

桜の木も緑の葉っぱばかりになり、風も少し暖かくなったある日、僕はリュックに猫の餌を詰め込むと、ひとつだけ残ったおやつを絞り出してラキに与えた。ラキはペロペロ舐めながら、時おり僕の顔を見た。そしてあの日よりも大きくなったラキをジャケットの上着の腹の中に入れバイクに跨ると、街を離れてとにかくまた山へ向かった。

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