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(掌編小説)彼女vs猫

夏の暑い朝。彼女に頭を叩かれて目が覚めた。
「何すんの?」
僕はカーテン越しの朝の光をバックに、逆光で黒い影にしか見えない彼女に訴えた。彼女の名前はユミ。僕はいつも名前の頭に「魔」をつけて、心の中で「魔ユミ」と呼んでいた。魔ユミの髪は背中まで長く、明るめのブラウン。僕も彼女も大学三年生の21歳だ。彼女が住みつくようになって1か月、今は夏休みの真っ最中。色々問題もあるが、一番の問題は僕の飼い猫との仲の悪さだ。彼女が来たせいで、僕のマンションはちょっとした戦場になってしまっている。
僕に馬乗りになっていた魔ユミは、僕の顔をのぞき込んでいた。遠くで節子の声がする。どうした?節子?いじめられたのか?そう、猫の名前は節子。かわいい黒猫の女の子だ。

「マナト!あの猫どうにかしてくれへんか?うちのこと引っ掻きよったで!」
魔ユミは左腕の小さな引っかき傷を、これ見よがしに見せて言った。魔ユミの髪がさらっと僕の顔に落ちる。すっぴんの彼女もとてもきれいな顔をしていた。読者モデルクラスだ。
「もう生かしちゃおけんわ」
魔ユミはベッドから降りると、鬼のような形相で節子の方に向かって行った。
「ちょっと待ってよ!待って!」


僕が体を起こすと、節子は急いでケージの中に逃げ込んだ。ケージは節子のシェルターと同じだ。僕もいささか何とかしなければと思っていた。
魔ユミはへらへら笑いながらベッドにダイブしてきた。
「命びろいしたな。節子ちゃん」
彼女の大阪弁は、出会ったときはかわいかったのに、今はとても恐ろしい。僕はなぜあの時飲み会になんて行って、魔ユミと知り合ったのだろう?いやいや、ただ単純に彼女が欲しかったのだ。彼女いない歴、年齢と同じの僕に、初めてできた彼女。僕の家は沼津の海のそばで代々続いている開業医。だから僕は何とか私立の医大に入って、なんとしてでも医者にならなければならないのだ。ついでにお嫁さんも。そんな感じで焦っていた僕にできた彼女が魔ユミだ。

「歯医者に行ってくるけど、君はどうする?」
「家に居ちゃあかんのか?」
彼女は不満そうだ。
「いや、そんなことはないけど、猫がいるから」
彼女はニヤリと笑って言った。
「ほんまに殺すと思てんのか?」
「いえ」
僕はそそくさとマンションを出たものの、心配でついついマンションの自分の階を見上げた。しばらく後ろ向きで歩きながら、仕方なく駅まで向かった。監視カメラをつけておけば良かった。

歯医者から帰ると、もう夕方。魔ユミにLINEすると、渋谷にいるとのこと。僕はひとまずマンションに帰り、そのあと渋谷で一緒に食事をすることにした。
「ただいま。節子。節子!せっちゃーん?」
節子がいない!いない!いない!あいつだ!魔ユミがどこかにやってしまったんだ!僕は急いで渋谷に向かった。それにしてもなんてことをする女だ!許さない!僕は体の中の血という血が沸騰しているのがわかった。

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