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掌編小説

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(掌編小説)くろねこ春子の日常#003小春の夢はひこうき雲

(掌編小説)くろねこ春子の日常#003小春の夢はひこうき雲

満月の夜に黒猫に変身する女の物語

「お父さん!あたしのチョコレート食べたでしょ!」
「お父さんは小春のチョコレートなんか食べてないよ!春子だろ?」
「にゃー」
「猫がチョコレート食べるわけないじゃん!ていうか、お父さん生きてた時、春子いたっけ?」
 私は目を覚ました。桜も緑の葉っぱがモサモサ茂る季節。だけど今朝は少し肌寒い。なんでお父さんの夢を見たんだろう?春子の夢はよく見るけど、死んだお父さん

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(掌編小説)くろねこ春子の日常#002拾われた春子

(掌編小説)くろねこ春子の日常#002拾われた春子

満月の夜に黒猫に変身する女の物語

 ぼーっとしてたら満月の夜。気が付けばくろねこ春子に変身していた。このまま部屋にいても仕方ないにゃん。徘徊するとするか。私は窓から外に出て(いつも少しだけ開けてるんです。本当です)蒸し暑い夏の夜に繰り出した。コンビニの明かりが魅力的だが入る訳にもいかず、うろうろしているうちに公園に。そういえばここには公園があったんだな。あまりなじみがない。とても小さな公園の、ひ

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(掌編小説)くろねこ春子の日常

(掌編小説)くろねこ春子の日常

満月の夜に黒猫に変身する女の物語

「黒沢さん。ちょっと聞いてもらえますぅ?」
 田中さんはつやつやの髪を午後の陽射しでさらに輝かせながら、きれいな顔を近づけてきた。病院の職員専用食堂のすみでコソコソ話。細身の彼女はナース服が良く似合う。私とは大違いだ。田中さんは24歳位かな?私と一回り位違うわね。
「なぁに?」
 私は彼女の顔をのぞき込んで尋ねた。彼女は突然顔色を曇らせると、声のトーンを落としな

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(掌編小説)続・すみっこ白猫と小学四年生~君の中の、りなちゃん~

(掌編小説)続・すみっこ白猫と小学四年生~君の中の、りなちゃん~

「りなちゃん!学校来れるようになって良かったね!」
アヒル小屋の中で、ほうきを持ちながらあいちゃんは言った。
りなはちりとりに押し込まれる野菜くずを見ながら「うん」と言った。
「田中先生はまだ来れないけどね」
ひまりちゃんはそうつぶやくとため息をついてみせた。りなは何か言われるのかと身構えたけれど、二人はまた違う話題で盛り上がっていた。先生が休むなんて。先生も休むなんて。

放課後。帰り道。りなは

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(掌編小説)すみっこ白猫と小学四年生

(掌編小説)すみっこ白猫と小学四年生

「りなちゃん!ごめーん。ちよっとアヒルのお世話お願ーい」
「頼むね。りなちゃん!りなちゃんに懐いてるもんねアヒルちゃん」
あいちゃんとひまりちゃんはそう言うと、なかよく校庭に遊びにいってしまった。
昼休み。飼育係のりなは他の2人が遊びにいく中、ひとりで2羽のアヒルのお世話。白いアヒルはシロちゃん。黒はもちろんクロちゃん。りなはアヒル小屋を掃除して餌をあげた後、アヒル小屋の中で、楽しそうに2羽のアヒ

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(掌編小説)続・バイクに乗って猫を拾った

(掌編小説)続・バイクに乗って猫を拾った

バイクで転んで猫に助けられて入院中。現状を説明すれば、なんとも冴えない。でも、もう松葉杖で歩けるようになったから退院が近いようだ。
4人部屋は僕ひとりだけ。白い部屋の窓の外からこぼれる午後の日差しは、僕には眩しすぎる。昨日両親が田舎から見舞いに来てくれて、初めて親のありがたみが分かった。恥ずかしいけれど、32年間生きてきて初めてのことだった。
明るい日差しが陰って夕暮れに包まれる。僕はカーテンを開

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(掌編小説)バイクに乗って猫を拾った

(掌編小説)バイクに乗って猫を拾った

その日は天気だけが良くて、僕はイライラしたままバイクに跨ると、街を離れてとにかく山へ向かった。小さな排気量のオフロードバイクは、重い気分の僕を人里離れた林道に運んでくれた。僕は30歳を過ぎてフリーのwebデザイナーをしているが、最近は仕事が減り、とにかく滅入っていた。
狭い林道を抜けたところに小さな公園のようなものがあり、僕はそこにバイクを停めてベンチに腰掛けた。人気のない山の上で緑の木々を楽しむ

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(掌編小説)三毛猫のメリークリスマス

(掌編小説)三毛猫のメリークリスマス

忘年会の帰り道。街がキラキラしている。明日はクリスマスイブか。面白くないなあ。実につまらない。私は急ぎ足で電車に乗って自分の駅に着くと、コンビニで安い赤ワインにチーズと唐揚げを買って自分のマンションに向かった。身を切るような風の中、エントランスに滑り込むと私の目の前に小さなサンタクロースが立っていた。いや、サンタクロースに見えた彼女は、真っ赤なコートに白い動物用のキャリーバッグを持った女の子だった

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(掌編小説)彼女vs猫

(掌編小説)彼女vs猫

夏の暑い朝。彼女に頭を叩かれて目が覚めた。
「何すんの?」
僕はカーテン越しの朝の光をバックに、逆光で黒い影にしか見えない彼女に訴えた。彼女の名前はユミ。僕はいつも名前の頭に「魔」をつけて、心の中で「魔ユミ」と呼んでいた。魔ユミの髪は背中まで長く、明るめのブラウン。僕も彼女も大学三年生の21歳だ。彼女が住みつくようになって1か月、今は夏休みの真っ最中。色々問題もあるが、一番の問題は僕の飼い猫との仲

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(掌編小説)アイドルを辞めて猫を飼う

(掌編小説)アイドルを辞めて猫を飼う

歌は好きだよ。私は歌うのが大好き。でも届かないんだよなあ。私のグループは口パクだからね。だって大勢で歌うとさ、声も揃わないんだよ。本当はね、歌いたいんだよ。歌が好きだもん。
「みさきちゃん。今日はこの後クイズ番組の収録だから、そろそろ準備してね」
マネージャーのMさんは穏やかで優しい女性だ。この間結婚したんだよな。32歳。年齢よりもかわいく見えるよ。
「Mさん。本当のこと言うとさ、クイズとかバラエ

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(掌編小説)アイドルと猫

(掌編小説)アイドルと猫

「ユウカちゃん。事務所の社長の命令なんだけどさ、明日から犬を飼ってよ。テレビの動物番組の密着やるから」
マネージャーのMさんはうれしそうに電話してきた。ちょっと待ってよ。どうすんの?この子。私の膝の上で聞き耳を立てている、ちくわ柄のスコティッシュフォールド、おでんちゃん。ほら、今も耳が動いてんじゃん。気になるよね、おでんちゃん。私はおでんちゃんの背中を撫でながら、電話先のMさんに拒否アピールをして

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(掌編小説)たよりになる猫

(掌編小説)たよりになる猫

「私、これ以上は無理です。無理ですよ!」
私は職場の給湯室で叫んだ。上司のMはなだめるように何かを言い続けていたが、私は彼の顔も見ずに給湯室を走って出ると、会社を早退した。

乗客のまばらな電車の中で、我慢しても流れてくる涙をハンカチで押さえながら、私は会社を辞めようかと考えていた。私は小さな印刷会社のデザイナー。32歳、女。もともとデザインのPC作業の他に、ちょっとした印刷ぐらいはやっていたが、

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