お前か?【禍話リライト】

令和に変わる直前の時期の話だ。

Bくんは、学生専用マンションに住んでいた。
比較的新しいマンションで、セキュリティもちゃんとしている。
家賃は高いが、10階建てで眺望も良い。
その、6階に住んでいたのだという。

ある夜、大学近くの学生ご用達の安い飲み屋で、他県から来た一人暮らしの友達と飲んで、Bくんたちはベロベロに酔っ払った。

「このあとうちでもう少し飲もうぜ」
「おお!!」

という話になって、Bくんのマンションに向かうことになった。
エレベーターに乗り込み、6階へ昇っていく。
時刻は深夜の1時を少し過ぎたあたりだった。

「おまえんちどこだっけ?」
「一番奥〜」
「遠いなぁ、ここからが遠いなあ〜」

笑いながらエレベーターを降りると、友達が通路の右側にある、非常階段の入り口扉の前で立ち止まる。

「あれ?」
「どうしたよ」
「変なこと書いてるよ?」

友達が指を指す。
扉には、「非常階段」と書かれたプレートがはまっている。
その下に、拡大コピーでフォントが崩れたような感じの、壊れたプリンターから印刷されて出てきたような真新しい紙が貼ってあって、

「25時を過ぎたらこの扉をノックしないでください 管り人」

と書かれていた。

何故か、「り」がひらがなで書かれている。
冷静に考えれば、そんな誤変換はあり得ないので、わざとそんな間違いをしているのではないかと思えるのだが。

「なんだこれ?ノックしたからどうなるっていうの?」
「なあ……だいたいこいつ管理人じゃねえよ。『り』を変換できない奴なんて管理人じゃねえよ」
「変換機能も管理できてないもんな」

そんな軽口をBくんが飛ばすと、友達がおもむろに非常口のドアをノックし始めた。

コンコンコンコン!!

「はいってますかあ?!」

しばらく待ってみたが、反応はない。

「なんだよ、何もねえじゃんか」
「それにしても、こんなの良くないよな」

非常口のドアを開けてみる。
階段は真っ暗だった。

「これ、地震あったら人死んじゃうじゃん」
「明かりのスイッチどこ?」

壁面を手で探ってみるが、わからない。

「おい、非常階段真っ暗であぶねえじゃねえか」
「危ない危ない」

そう言っていたら。
数階下のほうから、おもむろに音が聞こえてきた。

びたびたびたびた!

四つ足の何かが、駆けあがってくる音がする。
それも、床だけではなく壁などにも出鱈目に手を付けながら、上階めがけてやってくるような感じがあった。

「うぉぉ!!」

二人は驚いてドアを閉めると、Bくんの部屋まで走って逃げた。

先ほどの音のスピードから考えると、絶対そいつはそろそろこの階まで上ってきている。
部屋に入って二つある鍵を両方かけて、チェーンもかけて息を潜める。

「来るんじゃない?!」
「何が来るの?四つ足だったけど」
「犬とか?犬とかじゃないの?でかめの犬」

混乱しながら話し合っていると、外の廊下に響き渡るように、「バーン!!」と非常階段があけ放たれる音が聞こえてきた。
それだけ大きい音がしたら、学生マンションでもあるので、まだ起きている奴はいて、様子を見に出てきてもいいはずだ。
なのに、誰も廊下に出てこない。

「うわ……これは犬じゃねえ……」

明かりもつけずに、玄関で二人で固まっていると、廊下はシーンと静かになった。

あれ?

耳を澄ます。
すると。

「お前か?」

外から、女性の声が聞こえてきた。

「お前か?お前か?お前か?」

廊下を歩きながら左右に顔を向けて、「お前か、お前か」とずっと言っている。

うわ、こええ!!

友達の顔を見ると、口を押さえて目を見開いている。

「お前か?お前か?」

声はこっちに近づいてくる。

自分たちのところに来る!!

「お前か?」

部屋の目の前で、こちらに向かって女が声をかけてきた。

当然、Bくんたちは答えない。
全く体も動かさず、ジーっと息をひそめている。

すると。

「お前か?お前か?」

そう言いながら、女は元きた方に戻っていく。

「ずいぶん向こうのほうに行ったけど……」
「しっ!!まだいる」

すると女は、そのうちまた廊下を戻ってきた。

「お前か?お前か?」

女は結局、このフロアを何周もした。
その間、女は何回かドアの前を通ったのだが、そのうちBくんは妙なことに気づいた。

声の位置が、通るたびに違うのだ。

人の頭くらいの高さから聞こえることもあれば、極端に低い場所から聞こえてくることもあった。

やがて、女が離れているタイミングでそっと部屋の奥に行って、友達と小声で「辛いな」「辛いな」と言い合いながら、朝になるまでそのままじっと動かずに過ごした。

6時過ぎごろには、「お前か」という声はしなくなった。

しかし、お互いに動けないままの状態は続いた。

「どうする?」
「……まだ出たくない」
「そうだよな」

そのうち8時頃になって、外を小学生や犬の散歩をしているおじさんが通る姿が窓から見えるようになって、ようやく二人はほっと一息ついた。

「俺のせいでごめんな。ここ、引っ越したほうがいいわ」
「いや、完全にお前のせいだけど、気付けてかえって良かったのかもしれないな。俺、引っ越すわ」
「引っ越せ引っ越せ」
「俺、送ってくよ」

二人で外に出て、友達を見送る。

「今日はゆっくりせいよ」
「ゆっくりするよ。本当にごめんな」
「じゃあな、お疲れ。無事に家に帰ったらメールしろよ」
「ふざけんな」

そんなことを言って、友達が角を曲がると。


「やっぱりお前じゃないか!!!」


という大きな声がした。

え?!
何だ今の??

慌ててBくんも角を曲がると、友達が座り込んでいる。
少し向こうを歩いていた子供たちが、すごい大声が聞こえたけど、何?と言いながら集まってくる。
友達はペタンと地面に座ったまま、呆然とした表情で前を見ている。

「え?え?お前大丈夫か?!大丈夫か?」


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そこまで話したところで、Bくんは話を止めた。
気になるので、続きを話すよう促す。

「俺、大声系の怪談で初めて怖かったけど、その後どうなった?」
「いや、その後は特に。……そいつは左耳が聞こえなくなっちゃって」
「やっぱり鼓膜が?」
「そうじゃなくて。その日は大丈夫だったんですけどね。『なんかあったらしかるべきところに相談しような、何がしかるべきとこかわかんないけど、調べたら出てくるはずだから』とか、そんな話をしてたら……その日の夜に左耳を文房具で自分でやっちゃって」
「自分で」
「まあ、でも今は仕事をしてるし……」
「いや、それダメでしょう。……マンションに何かあるんですか?」
「結局、俺もやばいと思って、明日は我が身じゃないけど、引っ越しを決めたんですけど……その引っ越しの時に、ゴミの日じゃないのにゴミがたくさん出ちゃって、よけておかなくちゃならなくて、そのマンションに引っ越して初めて、駐車場の奥の奥にある入り組んだスペースに行ったら、変な石があって綺麗な水が供えられてたんですよ。あれ、管理人さんが毎日水換えてるんですよ。石には何も書いてないんですけど、みんなが行かないようなところにあったんですよね。……あの学生マンションも、もともと普通じゃない土地に立てられてるんでしょうね」

Bさんはそう言った後、「場所、教えましょうか?」と言ってきたが、私は丁重に断った。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第2夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第2夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/600889557
(46:27頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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