かかっていたもの【禍話リライト】

Zさんという女性から聞いた話である。
彼女は夜に一人で晩酌するのが休日前のささやかな楽しみだった。
その日は度数の高いお酒を飲んで、酔いやすいタイプでもあったためベロベロに酔っ払ってしまって、気絶するように寝たのだそうだ。
だが、アルコールを摂取し過ぎたこともあって、Zさんは夜3時くらいにトイレに行きたくなって目が覚めてしまった。

ああ、トイレ行こう……

若干痛む頭を抑えつつトイレに行き、用を足していた、そのとき。
部屋の中から物音が聞こえてきた。

あれ?

がたがたがた……

なんか、荷物動かすみたいな音がするな。

酔っぱらっていることもあり、最初は地震かと思ったが、そんなことはない。
窓も開けていないので、外から風が入ってくることもない。

え、なにこれ?
気持ち悪いな……

Zさんは用を足し終わったので、そっとトイレのドアを開けて、部屋の中を見た。

すると。

ベランダに面している窓にカーテンがあって、そのカーテンは閉まっているのだが。

そのカーテンレールに、ハンガーを通したコートをひっかけている男の姿が見えた。

Zさんは慌ててトイレに戻ってドアを閉め、鍵をかける。

え??
後姿だけど、男が黒いコートをカーテンレールに引っ掛けてたよね??
勝手に……ハンガーも自分のじゃないし、ええ?!

この時点では、Zさんはその男が変質者だと思っていた。

ベランダから入ってきたんだろうな……
やばいな。

Zさんには、同じフロアに腕っぷしの強い男友達がいたので、いつもの癖でトイレに持ち込んでいた手元にあった携帯で電話をかけた。

「なにぃ?」

夜中だったこともあり、寝ぼけた声で男友達が電話に出る。

「家の中に変質者がいる……!」

小さな声で、だがはっきりとZさんがそう言うと、友達も目が覚めたようで口調が変わった。

「何それ、大丈夫?」
「今、トイレの中なんだけど、部屋の外まで来たら教えて。こっそり出て玄関の鍵開けるから」
「わかった、俺バット持ってくから。ちょっと待ってて」

電話を切るとすぐ、ガチャ、と外廊下の方から音が聞こえ、バンとドアを閉める音がしたかと思うと、携帯に電話がかかってきた。

「来たぞ」

Zさんは電話を繋いだまま、そっとトイレを出て、部屋の中は見ずに玄関まで足音を忍ばせて歩いていくと、鍵を開けて友達を迎え入れる。

「後ろ、いるいる」
「まかせろ」

囁くような声でそう言い合うと、男友達はそっと部屋まで行って、

「てめえ!!」

と叫んでバットを振りかぶって部屋に飛び込んだ。

次の瞬間。

「うわぁぁぁ!!!!」

友達が絶叫して、こっちに走ってきた。
そして自分を突き飛ばして、そのまま部屋を出ていったのだ。
男友達はそのまま自分の部屋には戻らず、外階段を駆け下りて行った。

え、なんで?

Zさんも裸足のまま外に出てみると、男友達は「うわぁぁぁ!!」と叫びながらどこかに走っていく。
Zさんはといえば、外に出たことで気持ちも落ち着いたので、男友達に再度電話をかけた。

最初は出なかったが、二回目に友達は電話に出た。

「逃げる奴があるか!?なに、どうしたの?」

Zさんが訳を尋ねると、男友達は息を切らせながら「お前、今何処いんの?」と質問してくる。

「家のなかじゃないよね?」
「いま、あんた追いかけて外に出て、非常階段の下のところにいる」
「あれ、やばいよ。お前の話じゃ、知らない男がコートひっかけたっていってたじゃん」
「そう。見たからね」
「あれ、コートじゃないよ」
「え、コートじゃない?」
「俺が部屋に入ったら、小柄な女がさ、こっち向いて首吊ってたんだよ!!」
「ええ?!一瞬だからって、人がコートをかけてるのと小柄な人をひっかけてるのを見間違えないって」
「そうかもしれないけど、部屋の中に男はいなくって、女が首吊ってんだって!」
「いや、見間違えないって」
「ホントだって!!とりあえず一旦合流しよう」
「あんたのほうこそ見間違いでしょ?」
「いやマジだよ!やばいよ!」
「そんなことないって」
「いやいや、ちょっと待ってろ」

すぐに男友達は合流して、開口一番こう言う。

「本当に首吊ってるから」
「本当に?」
「こっち向いて首吊ってたからわかったんだけど、舌とか出してたし、あれわざとやってたらすごいって!見たこともない感じの女だったし……やばいって」
「じゃあ、とりあえず部屋の前まで戻ろ?」

部屋の前まで戻っても、友達は怖気付いてしまって部屋に入ろうとはしない。

「よせよせ、もっと明るくなってから戻ろう?知り合いが夜型人間だから、そこ行って朝まで居させてもらおう」
「でも、荷物とか財布とかもってないから」
「いいから!!」
「だっておかしいって、コートと人間は間違えないって」

そんなことを、小声でドアの前で話していた。

「いーや、本当に人が首吊ってたから」
「いやいや、一瞬とはいえ見間違えないって」

その瞬間。

ドア越しに、

「いやわかんないもんだよぉぉぉ」

潰れたような声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間、二人とも同時に腰が抜けたようにその場でへたり込んで、這いずりながら非常階段を下りて、友達の知り合いの家まで行ったのだそうだ。
知り合いに訳を話すと、知り合いは大いに驚きつつ、二人にお茶を出してくれた。

「マジで?」
「本当だよ」
「声も変だったね?」
「あれ、縄で首が閉締まってるからだと思うんだよね……」

友達の答えに、場が全体的に沈んだ雰囲気になってしまったのだそうだ。


翌朝、友達と共に部屋に戻ってみると、部屋には何の異常もなかった。
ハンガーはおろか、痕跡一つなかったそうだ。

結局それから程なくして、二人とも別の場所に引っ越したという。
あとで調べたところによると、どうも同じマンションの別のフロアで首を吊った人がいることは確からしい。
その部屋だけ、壁紙や床を張り替えたため、内装が他の部屋と全然違うから、すぐわかるそうだ。
安いにも関わらず、その部屋には入居者が集まらないようで、後々友達と話しているときに、その部屋にいても誰も来ないから別の部屋を徘徊してるんじゃないか……という話になった。

ただ、誰と話し合っても、一つだけまだはっきりしないことがZさんにはあるという。

最初にいた男は、一体何なんだろう?

いまだにその疑問に対する納得のいく答えを、Zさんは見出せないままでいる。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第2夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第2夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/600889557
(26:26頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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