個室から……【禍話リライト】

Nくんの通う大学のある街には、新しい商業施設に客が取られてしまい、さびれてしまったテナントビルがある。
そのビルは空きテナントが多く、人の姿もまばらであった。
そして、トイレがちょっと奥まったところにあって、ひたすらだだっ広いものだったという。
小便器だけで10個くらいズラーっと並んで、個室も6つほどならんでいる。
昔は栄えていたため、このくらいの広さが必要だったのかもしれないが、今となってはさみしいばかりの光景だったそうだ。

ある日のこと。
Nくんたちは、男三人でそのビルにあるカードショップに行った。
カードバトル好きなNくんたちは、しばしばそのカードショップでバトルを楽しんでいたのだという。
その日もいつものように、しばらくバトルで遊んでいると、Nくんの裾を友人のOが引っ張ってきた。

「なあ、おしっこ行きたいんだけど……」
「ん?行きゃあいいじゃん」

そう答えると、Oはちょっと表情を翳らせて、「んー」と言葉を濁す。

あ、そういえば。

Nくんには、Oがトイレに行くことを渋るのに思い当たる理由があった。

この店からトイレまでは、フロアの端から端くらいまでの距離がある。
その間にはほとんど開店している店はなく、空きテナントや、かつてはイベントスペースだったのだろう、ただぽっかり空いてる空間などが並んでいる。
時折、地元の不良らしき奴らが出入りしていることもあって、なんとなく治安が良くなさそうだな……というイメージがあった。
そして、このテナントビルではないのだが、つい先日Oは、人の少ない公園のトイレで中学生にカツアゲされたばかりだったのだ。
おそらくはそれがトラウマになっているのだろう、とNくんは察した。

「よし、ついていくよ。お前もいくよな?」

Nくんは隣でバトルを見物していたもう1人の友人にも声をかける。

「ん?……ああ、いくよ」

Nくんの目配せに、その友人も事情を察したようで、二つ返事で応じる。
Oはほっとした様子を見せて、「それじゃ、頼むよ」と言った。

こういうわけで、Nくんたちは三人でトイレに向かったのだが、O以外の2人は特にトイレに行きたいわけではない。
幸いというべきか、トイレの近くにあるデッドスペースが休憩スペースとなっていて、ベンチなどが置かれていたため、Nくんと友人はそこで待っていることにした。

が、いつまで経ってもOがトイレから出てこない。

「あいつ、お腹壊してるのか?」

焦れたように友人がNくんに尋ねてくる。

「いや、小だって言ってたぞ」
「……まあいいや」

しかし、待てどくらせどやはりOは出てこない。
10分ほどして、流石にこれは遅すぎる……ということでトイレに様子を見にいくことにした。
ちなみにその間、男女どちらのトイレに入っていく者も、出ていく者もいなかったのだという。

「あれ?」

2人がトイレに入ると、すぐにOの姿が目に入った。
だが、様子がおかしい。
6つある個室のうちの、真ん中あたりの個室のドアノブを握って、ガチャガチャ音を立てて捻っている。
個室を使いたいのでそういうことをしているのかといえば、どうやらそれは違うようで、他の個室は明確に空いているのだ。

「……お前、何してるの?」

Oは怒りの表情を浮かべつつ、力を込めてガチャガチャ音を立て続ける。
こちらの問いかけが聞こえているのかいないのか、なんの反応もしない。
NくんはOのところに近づいていって、少し大きめの声で再度問いかける。

「なあ、お前何やってんの?」

するとOはようやく気づいたように、ちらりとNくんたちの方を見て、

「え?」

と答える。
怒気を孕んだ口調だった。

「なにイライラしてんだよ」

するとOは、ノブをガチャガチャ回しながら、話し始めた。

「俺がさぁ、おしっこしてたらさぁ、後ろの個室からジャーって水が流れる音がして、びっくりしたんだよ」
「ああ……最近は自動洗浄とかもあるからな」
「違うんだよ。俺はさぁ、入った時に確認してわかってたんだ」
「なにがよ?」
「個室は全部空いていたんだ」
「うん?そうなんか」
「なのにさ、振り向いたら女がいて、ニコニコ笑いながらこのドアを閉めたんだよ!だから俺、ガチャガチャやってんだよ!!」
「……え?」

Nくんは戸惑った。
先ほども述べたように、Nくんたちは誰もトイレに入っていった人物がいないことを確認している。
彼らのいる目の前を通らないとトイレに入ることはできないからだ。
だから、後からトイレに入ってきた人間などいるはずがない。
しかしOは、最初このトイレの個室は全部空いていた、と言っている。
それも、見間違えることなどなさそうな話だ。
空いている個室は全てドアが開放されているからだ。

だが。
目の前の個室はドアが閉まっている。
ということは、誰かが中にいるということだ。
百歩譲って、トイレに誰かが潜んでいたことにOが気づかなかった、ということはあり得るかもしれない。
なんのためにそんなことをしたのか皆目わからないが、ドアが開いているから空室と判断してしまっただけで、個室の中のドアの陰などにその女は隠れていたのかもしれない。

しかし、それにしても。

なんでOは、この個室のドアを開けようとしているのだろうか?
しかも、こんなにイライラしながら。

そして、何より。

中にいる人物は、なぜこんなにガチャガチャされているのに、なに一つ反応しないのだろうか?

Nくんはゾッとした。

どちらにしても、これはまともじゃないことが起こっている!

そう思ったNくんは、Oをトイレから連れ出そうと試みた。

「うん、話は分かったけど……なんでお前はドアをガチャガチャやってんの?」
「ええ?!」

Oは怒気を込めてそう言うが、視線は個室のドアを睨みつけていて、手はノブから離さない。

「あのさ、最初、個室は全部空いてて、お前はおしっこしてて……」

Nくんが状況の整理を始めても、Oはまだノブをガチャガチャと捻っている。

「うん、とりあえずノブ捻るのやめようか。それで、女がいて閉めたんだろ?」
「そうだよ」

ようやくOはノブを捻るのをやめた。

「それでさ……なんでお前、個室のドアをガチャガチャしてんの?」
「ああん?!」

Oの柄が悪くなっている。
普段の気の弱いOの姿からは考えられない変貌ぶりだ。

「お前、おかしいじゃん。ドアが開いて、どうすんの?女が中にいるだけじゃん?」

相変わらず個室の中はシーンとしていて、人がいるような気配はない。

「お前なんで開けたいの?おかしいじゃん?」

しかしOはそれに答えず、再びドアを無理やり開けようとする。
Nくんたちはそれを押し留めるが、思いの外強い力で抵抗してきたのだそうだ。
Nくんたちは2人がかりでOを押さえこんで、引きずるようにしてOを個室のドアの前から引っぺがした。
そして、ものすごく抵抗されたものの、なんとか入口あたりまで引きずっていったのだという。

そして、Nくんがトイレの入り口のドアを開けた、その瞬間。

「好きにさせておけばいいのに」

個室から、女の声が聞こえてきた。

「ええ?!」

Nくんともう1人の友人が小さく悲鳴を上げると、Oも我に返ったようで、

「え、え?」

と戸惑った声を上げる。
もう抵抗もしないようだった。

三人は、ひとまずデッドスペースまで逃げていって、トイレのドアを凝視していた。

しかし、誰も出てこない。

そのうち掃除のおばさんがやってきたので、「あ、あの!男子トイレに……」と状況を説明して、4人で見に行ったのだが、トイレには誰もいなかった。

「えー、でもいたんですよ!!」
「ええ……おかしいですよ」

そんなふうにおばさんに言っていると、騒ぎを聞きつけたのか、白髪交じりの警備員がトイレに顔を出した。

「どうしたの?」
「あ、いや、僕たち酒も薬もやってないんですけど……」

再度説明を繰り返す。
すると警備員はふんふんと頷いた後、「へえ、なるほどねぇ」と言った。

妙な反応だった。
バカにするでも、驚くでもない、軽い調子の反応だったという。
そして警備員はこう続けた。

「このエリアを立てる時に塚を崩しちゃったから、それかな」
「つ、塚ですか?」
「ま、あんまり気にしないでね。はははは」

警備員はそう言って笑うと、そのままトイレを出ていってしまった。

結局3人は、それ以降一度もそのテナントビルに行っていない。

なお、後で話を聞いたところによると、O曰く、女の服装は現代のそれではなかったのだそうだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第4夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

ザ・禍話 第4夜
https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/603838372
(10:47頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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