おしまいの儀式【禍話リライト】
「俺、仲間内では“ちょっと度胸がある奴“ってことで通ってるんですよ」
土木関係の仕事をしているという、40代半ばのTさんは、日焼けした顔でニヤリと笑ってそう切り出した。
「で、十何年か前のことなんですがね。大学時代に付き合いのある人たちに呼ばれて……」
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「ちょっときてくんねえか」
大学時代の旧友からの、久しぶりのメッセージはそっけないものだった。
どうやら飲み会でもないようで、どうして急に呼び出しがかかったのかを聞いてみても返事は曖昧なものしか帰ってこない。
なんだろう……?
疑問には思ったが、どうも何か切迫したような雰囲気を感じたTさんは、指定された場所に行ってみたのだそうだ。
そこは旧友の一人の職場の事務所だったのだが、そこにはすでに大学時代の友人たちが10人ほど集まっていた。
ただ、旧交を温めるような和気藹々とした雰囲気は微塵もなく、お通夜のような静けさだった。
「……どうしたの?」
メッセージを送ってきた旧友に尋ねると、答える代わりに質問を返してくる。
「Qさんって覚えてる?」
「ああ、あの酔うとすぐ脱いじゃう人?」
Qさんは、Tさんが大学時代に随分お世話になった先輩だった。
面倒見の良い人で、ここに集まっている大学時代の友人たちは皆多かれ少なかれQさんのお世話になっている。
「あの人が警察のご厄介になっていて、身元引受人が俺ってこと?」
冗談めかしてそう言う。
大学時代、一度泥酔して外で服を脱いでしまい、警察にご厄介になったQさんを引き取りに行ったことがあるからだ。
それは鉄板エピソードとして、Qさんを知るものたちの間ではよく語られているものだった。
すると旧友は少し考えるような表情を見せて、こう答える。
「……当たらずといえども遠からずってとこだな」
「ってことは、全裸で?」
「いや、そうじゃない。実はさ、昨日からあの人、心霊スポットに行ってるんだわ。でな、帰ってこないんだよ」
「じゃあみんなで迎えに行けばいいじゃん」
「うーん……とりあえず最初から話すぞ」
旧友は昨日から今日に至る経緯を話し始めた。
旧友を含むQさんたちのグループは、今でも定期的に集まっては遊んでいるのだという。
そして、昨日集まって飲んでいる時に、心霊スポットに行こうという話で盛り上がったのだそうだ。
「知る人ぞ知る、みたいのがあればいいなぁ」
Qさんのその一言に、じゃあ地元の掲示板に聞いてみましょうと旧友が応じて、書き込みを行ったのだという。
しかし、大した情報はz集まらない。
挙げられるものは誰もが知っている定番のスポットばかりだった。
「そういうのではなくて、知る人ぞ知る、みたいなとこないですか?」
旧友の書き込みに返信がつく。
「地元の女子高生です」
その書き出しを見て、旧友たちは笑ってしまった。
「おいおい、嘘だろ」
「流石にJKじゃないだろ」
ただ、文章自体は上手く、情報が必要十分かつ簡潔にまとめられていた。
「私の高校では、今ここが怖いっていうので評判なんですよ」
教えてくれた場所は、街中にあるものの、入り組んだ路地の先にある廃アパートだった。
そこの3階の部屋が、噂の心霊スポットなのだそうだ。
「何号室かは聞いてないのですが、そこに行くとすぐにわかるそうです。その部屋のドアポストにだけ、なぜか紙が詰まっているからです。」
書き込みはそう続く。
「その部屋のドアは、なぜか鍵がかかっていなくて、開くらしいです。」
話によれば、その部屋には以前、一人暮らしの女性が住んでいた。
彼女には身寄りがなく、恋人もおらず、ベッドで孤独死したのだという。
発見が遅れたため、遺体は腐敗し、ベッドには人型のシミが残っている。
「そこに行くと怖いことが起こるって評判なんですよ。先生が昔行ってひどい目にあったって言っていて、その話を聞いて男子たちが肝試しに行ったんです。彼らは今、休学してます。ひどいショックを受けたみたいです。」
書き込みを読んだQさんが怪気炎を上げた。
「よし、俺1人でそこ行くわ!」
そう言って、意気揚々と出かけて行った、というのだが。
「……一日経ってるじゃん」
「そう、帰ってこないのよ。もちろん連絡はしたよ?でも電話には出てくれないから、メッセージ送ったのよ。そうしたら返事をくれるの」
「ああ、連絡はつくのね。で、Qさんは何て?」
「『しくじっちゃった』って返事が来たんだ。ま、これは説明するよりみてもらった方が早いと思う」
旧友が携帯をこちらに見せてくる。
そこには、こんなやりとりが映されていた。
〈しくじっちゃった〉
〈どうしたんですか?〉
〈儀式をしないと出られないらしい〉
「……え、これなに?」
「とりあえず、続き読んでみてよ」
画面をスクロールすると、続いて送られてきたQさんのメッセージが表示される。
〈悪いけど吉田と誰かもう一人きてくれない〉
「なんで吉田名指し?」
吉田は一番気が弱く、体格も貧弱で、何かあったときに役に立ちそうには思えない。
しかしQさんはさらにそのあとのメッセージで、
〈他の奴はくるな〉
と念を押している。
「で、その吉田ともう一人、誰が行くか相談したけど決まらなくてさ……Qさん、来る時間まで指定してるから、もう時間もなくて、こういう時頼れるのはお前だからお前を呼んだってことなんだわ。すまんな」
「や、まあ、度胸あるといえば俺か」
「そうなんだよ、頼まれてくれないか?」
「じゃあ、アパートの中には俺と吉田で行くよ。敷地内に入らなければいいだろうから、お前らは外で待機してて。で、大声出したり騒いだりしたらきてくれ」
「ああ、それならいいよ」
話はまとまって、さっそく皆でゾロゾロと、問題のアパートに向かうことになった。
とはいえ、Tさんと吉田以外のメンバーは駐車場に待機である。
「じゃあ行ってくるわ」
「頼んだ」
Tさんたちは廃アパートの中に入り、3階に上がる。
行ってみると、一つだけドアポストに紙がパンパンに詰まった部屋があった。
「なんでこれ捨てないんだろうな……?」
Tさんが訝しみの声を上げる。
が、答えるべき吉田は緊張しすぎてTさんの声が耳に入らないようで、血走った眼をしながら緊張に身を固くしている。
やれやれ。
Tさんは問題の部屋のドアをノックした。
「おーう」
中から聞こえてくるのは、Qさんの声だ。
ドアを開けると、中は真っ暗だった。
目が慣れてくると、奥の方の元々あったものであろうソファの上、にQさんが座っているのが見えた。
異様なのは、これもまたおそらくそこに元々あったのだろう毛布やタオルケットで、Qさんが自分の体をぐるぐる巻きにしていることだった。
寒くもないのに、何やってんだこの人……?
半ば呆れつつ、部屋の中に入ってQさんに声をかける。
「お久しぶりです。ところでなんでそんなぐるぐる巻きなんすか?」
「ああ、ちょっとな」
Tさんの方を向きもしないでQさんがそう答える。
「あの、聞いたんですけど」
「しくじったよ」
Qさんは相変わらずこちらに目も向けないままそう答える。
一応こちらの言っていることに答えてはくれているのだが、あまり話を聞いている感じもしない。
この人、何見てんだ?
視線の先を追うと。
ベッドがあった。
真ん中で折れているようで、縦にV字型に湾曲している。
よく見ると、上に置かれたマットレスにシミのようなものも見える。
「悪いけど、最初やってくれるか」
ベッドを見ながらQさんが唐突に切り出す。
「最初?何するんですか?」
「ベッドの下に手を入れてくれ」
「え?何言ってんですか?俺が手を入れればいいんですか?」
「お前は指名してないのにきてくれたしな。そうしよう。……うん……うん」
Qさんは、他の人の指示を聞いているような間で、そんなことを言って頷いている。
その様子は薄気味悪いが、どうやらこれが例の「儀式」とやらなのだろう。
これに付き合わないと、Qさんは帰らないに違いない。
こんなことなら懐中電灯でも持ってくればよかったと後悔しつつ、Tさんは自分から見て右側の方のベッドの下を弄った。
何かが、指先にふれる。
「うわ!!なんかありますよ?!」
「それ、出して。出して」
「ああ、はい」
引っ張り出して見てみると、どうやらそれは女性用の右手袋のようだった。
「何が出てきた?」
Qさんが尋ねてくる。
ソファからベッドまで、3メートルも離れていない。
「持っていきましょうか?」
「持ってこなくていいけど、何が出てきた?」
「右の手袋ですね」
「そうか。いいぞ」
いいぞってなんだよ。
Tさんからすれば、何がいいのか全然わからない。
しかしQさんは一人納得しているようで、「よしよし」と頷いている。
「今、いい感じで進んでる」
「儀式がですか?」
「進んでる。次は吉田だな」
Qさんはやはり問いかけには答えず、吉田に「儀式」をするよう促す。
もちろん、吉田の方を一瞥すらしない。
当の吉田はといえば、かわいそうなくらいにガクガク震えている。
「じゃあ吉田、左の方探ってもらっていいかな?」
Qさんはそんな吉田の様子などお構いなしに、無慈悲にそう告げる。
「……はい」
観念したのか、吉田はベッドの方に歩み寄り、左側の下の方を探っている。
Qさんは暗くてベッドの下など見えないはずなのに、「もっと奥の方、もっと奥の方」などと指示を飛ばしている。
見えてないはずなのに、何言ってんだ?
そう思っていると、吉田が小さな声で「はぁ」と息をのむような声を上げた。
「おい、吉田どうした?!」
「それじゃないな」
Tさんが声をかけるのとほぼ同時に、Qさんがそう言う。
続けて。
「もっと左の方、左の方」
「はい……ああ!……なんか、布、みたいなものが……!」
「それそれそれ」
吉田が引きずり出したそれは、Tさんの持っているものと一対の左手袋だった。
「ああ、揃ったな」
Qさんは満足げな声を出す。
だが、吉田の震え方が尋常ではない。
まるで三十九度くらいの熱を出している人みたいに、ブルブル震えている。
「おい、どうした?」
「……誰かいる。ベッドの下に、誰かいる……」
しかし、ベッドは真ん中で完全に潰れている。
そんな空間に誰か入れるわけがないだろう。
しかし、吉田は続ける。
「唇に、当たりました……」
「ええ?!」
「カラカラに乾いた、唇に……」
「よし、次は俺がやるか!」
そのとき、Qさんがおもむろに立ち上がった。
「よし、俺がやるよ。二人とも、ごめんな」
そう言うとスタスタとベッドに近づき、ベッドの下に両手を勢いよく突っ込む。
「ようやく俺だ!」
嬉しそうな声をあげると、突っ込んだ両手に何かを掴んで、ズルズルズルとベッドの下から何かを引きずり出し始めた。
それが何であったのか、今もってTさんにはわからない。
真っ暗な部屋の中、カチカチでペラペラの何かを、引っかかりつつもズルズルと、ベッドの外に引きずりだしていく。
同時に、ものが腐ったような猛烈な悪臭が辺りに立ち込めた。
「ちょっと!!Qさん、Qさん!!」
その瞬間。
引きずり出されたその何かが、あたかも自分の意志で動き始めたかのような動きを見せ始め、ベッドからすっぽりと出ると両手を広げてQさんをぎゅーっと抱きしめた。
そして、次の瞬間。
その謎の物体ととQさんが同時に、声を張り上げた。
「「はい、おしまーい!!」」
次に気がついたときに、Tさんは駐車場で旧友に往復ビンタされていた。
すぐ横には吉田がいたが、吉田はまだガタガタ震えている。
「いて、いて!!ちょっと待ってくれ、何があった?」
「あ、気づいたか、よかった……」
「おい、どうしたんだよ?」
「いや、お前が吉田抱えて飛び出してきてな、訳の分からないことを喚き散らした後、掴みかかってきたから、慌てて引きはがして正気に戻そうとしてたんだよ」
「え?あ、そうだ、やばいんだよ!!」
そこでTさんは記憶を一気に取り戻し、そう叫んだ。
「そうだよ、やばいんだよ」
旧友が頷く。
「Qさんどうした?」
「お前が飛び出してきたすぐ後に、おしまいだおしまいだと叫びながら飛び出してきて、全力疾走でどこかに走って行っちまった。ここにいた半分の奴らが、それ追いかけて行ったんだよ」
Tさんは中であったことを説明する。
すると旧友は真っ青になって、「まじか」と呻くように呟いた。
「そうだ、あいつらから連絡ないな」
旧友が追いかけていった友達に電話をする。
しかし、「え、何?」などと短い言葉を交わした後、電話はすぐに終わりになった。
「なんだよ、どうした?」
Tさんがそう尋ねると、旧友は相変わらず真っ青な顔をしながら、こう答えた。
「途中で切れたんだけどさ……なんか今、あいつら警察にいるんだって」
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どういう経緯でそんなことになったのか、Tさんは知らない。
すっかり懲り懲りしてしまったTさんは、「とりあえず帰るわ」といって、一人先に家に帰ってしまったからだ。
伝え聞くところによると、結局Qさんは、田舎に帰ったのだそうだ。
吉田もさらにガリガリに痩せてしまい、仕事を辞めて田舎に戻った。
「あの部屋に行ったので、元気なのは俺だけですよ」
そう言ってTさんは頭を掻く。
その時のメンツとは会いづらくなって、その日以降一度も会っていない。
そのアパートはずっと放置されていたのだが、その騒ぎがきっかけで解体されたのだそうだ。
「でもね、俺思うんです。あんな場所、高校生が知っているわけがないですよ。行った俺ならわかります。あそこはね、不特定多数の人が入り込む、いわゆる『心霊スポット』じゃなかったんです」
「……というと?」
「俺の率直な印象で言うと、『巣』です。アリジゴクの巣」
「アリジゴク……」
「でね、俺、こういうのを広めるためだけに掲示板とかSNSに書き込む化け物がいるんじゃないかって思ってるんですよ。だって片鱗でもあそこを体験したら、普通の人間なら絶対他人に勧めないですよ。…撒き餌を撒いてるやつがいるんですよ、そこに行かせるために」
Tさんは忌々しそうにそう言った。
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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「ザ・禍話 第1夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。
ザ・禍話 第1夜
https://ssl.twitcasting.tv/magabanasi/movie/599438369
(51:49頃〜)
※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。
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