なんでの家【禍話リライト】

その場所は、昭和の半ば頃までは繁華街として賑わっていた。
しかし、開発が進むと繁華街は移ろうものである。
駅が新しくなって、場所を移動してしまうと、それにあわせて繁華街の場所も変わった。
その場所は、廃墟だらけの寂しい場所になってしまったのだそうだ。
かつて繁華街にあった主だった店などは新しい場所に移転してしまって、そこには酒屋など数店舗がポツポツと残っているだけだった。

そこに、元連れ込み旅館の廃墟があった。
駅の移転に伴い、どうしようもなくなって廃業した旅館なのだという。
その連れ込み旅館は、やたら大きく、無理やり増築したような建物だった。
元々は別の建物だった隣の建物と後になって無理やり繋いだようで、そのためか中が複雑な構造になっていたそうだ。
例えば一階から二階に上がった後、三階に行く階段は廊下を進んで何度か角を曲がった先にある……といった具合である。
いわば、迷宮のような構造の建物だったのだ。

それだけでも十分に、気味の悪さを感じさせる建物であることは間違いない。
しかし、この建物にはそれ以上に陰鬱な因縁が存在していた。

昭和の後半のこと、この建物が宿としてはダメになった後に、賃貸として部屋を貸し出すという計画が立てられたのだという。
そして、実際に部屋を貸し出し始めたのだそうだ。
とはいえ元々は連れ込み旅館で、各部屋に鍵こそかかるが、キッチンやトイレなどは全て共用だった。
そんなこともあって、まともな借り手がつくこともなく、訳ありの人たちばかりが住む場所になってしまった。
その後、5年ほどは営業を続けていたが、あるときトラブルが起こる。

建物内で、殺人事件が発生したのだ。

困窮した家族が、お互いを殺し合うという凄惨な事件で、心中目的だったのか、それとも諍いが殺人に発展したのか、詳細はよくわからない。
関係者が皆、亡くなってしまったからだ。
ただ、その時以来、その建物には亡くなった家族が「出る」という噂が立ち始めた。
お父さん、お母さん、そして子供の3人が、出てくるというのだ。
その噂が信憑性を増したのは、くだんの建物に住んでいた訳ありの人たちが、事件から半年が過ぎたあたりから、次々に出ていってしまったからだった。
行く当てもない人びとが、皆こぞって逃げるようにそこを去っていく。
修羅場を潜り抜けて来たような人たちが、皆、出てくるという家族に怯えて逃げていった……そんな噂が周辺住民の間に囁かれるようになった。
中には、実際に去っていった住人から、家族の幽霊の話を聞いたという者もいた。

そして、いつしかそこには、誰も住まなくなってしまった。
当然、もう賃貸住宅として営業はできない。
所有者は、どこかへと雲隠れしてしまった。
残されたのは建物だけ、というわけだ。
そしてその建物が、構造上の問題と所有者が音信不通であることもあって、壊すこともできないままそこに残されている。
そして、平成の間、まるまるその建物は放置されていたのだ。

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「これからそこに行きまーす」
「ちょっと待て待て」

肝試しに向かう車中で、友人のIからその話を聞いたJくんは、思わず突っ込んだ。
Jくんたち5人は大学生で、暇を持て余していたこともあって、毎週末に肝試しに行っていたのだが、いよいよ近隣にネットなどで調べられるスポットがなくなってきたのでどうしようか……と話していたところ、Iが「いい話を聞いてきた」と言って、今夜の行き先が決まったのだ。
ちなみにこれまで、Jくんたちはその肝試しで怖い体験をしたことはない。
雰囲気を楽しんでいただけだ。
もっともJくんからすれば、ただの暇つぶしに過ぎない遊び感覚だったので、本当に怖い思いをしたいなどとはこれっぽっちも思っていなかった。
だから、Iが語った目的地の来歴があまりにも「ガチ」だったので、突っ込んでしまったのだ。

「あのさ、指を詰めたりするような人たちがダメだって言っているようなところは本当にダメでしょう」
「そうそう、これぞ本当の洒落怖だよ」

他の友人たちも同調する。
しかし、Iは一向に意に介さぬようで、「いや、まあまあ」などと言っている。

「ま、今は夜だけど、そんな遅くもないよね?そこまで怖がることないって」

確かに、時刻はまだ22時を少し回ったくらいだ。
草木も眠る丑三つ時、というわけではない。

「とりあえず行ってみようぜ。ほら、歴史的建造物?っていうかさ。なかなか珍しい建物だし」
「そりゃま、そうだけどなぁ」

そういうわけで、むくつけき男5人、雁首を揃えてその曰くつきの元連れ込み旅館に行ってみたのだそうだ。

入り口の戸は簡単に外れるということだったので、近隣住民には気取られぬようそっと戸を外して建物の中に入る。
無論電気など来ていないので、中は真っ暗だ。
廃墟となって長いはずだが、酷く埃っぽいもののそこまで荒れてはいない。
そして、噂通り構造が入り組んでいる。

「このさ、一番広い廊下が大通りなんだってさ。ここ外れるとマジで迷うらしいぜ」
「なるほどね」

確かに、少し覗いてみると、その「大通り」を中心に脇道のように縦横に廊下が走っている。
しかもその廊下は大抵曲がっているのだ。

「あそこ進むと、その先がさらに分かれてて、角を曲がるとすぐに突き当たりとかになったりもしてるらしいぜ」
「なんだよそれ、迷路かよ」
「歪な構造なんだよ。だから、大通りから外れるなよ。迷うから」

Iの言葉通り、脇道に進んでいくとあっという間に迷ってしまいそうだ。
その「大通り」だとかいうメインの廊下も、時折曲がりながらだらだらと長く伸びている。
階段を登りながら、Iに尋ねる。

「ここさ、何階建てなの?」

実は家の中にも傾斜のあるところがいくつもあり、中二階と言えばいいのか、そんな場所もみられた。

「さあな」

Iがそっけなく答えた後に続ける。

「それにしても、これじゃどこで人が死んだのかわからないな」

当然かもしれないが、痕跡など何も残っていない。

「……じゃあ帰ろうか」

他の部屋を探索しようにも、脇道に逸れると今自分がどこにいるのかすぐにわからなくなりそうだ。
ならばもう、帰るしかない。
そう思ったようで、先陣を切って歩いていたIがそう言うと、皆頷いて、元来た道を戻り始めた。

隊列が逆になり、元来た道を戻っている途中。
先頭を歩いていた友人が、急に立ち止まった。

「おい、急に止まるなや」
「何?なんか見つけたの?」

仲間たちの問いかけにそいつが答える。

「……声がするよね?」
「あ?まあ、俺ら喋ってるしな」
「ああ、その声は後ろからするからわかるよ、野郎の声だしな。そうじゃなくて、女性の声するよね?」
「ええ?聞こえねえよ」
「うーん、俺ら以外にも誰か入ってるのかな」
「いや、入ってないって。戸を外すとき音したろ?」
「ちょっと黙ってもらっていい?」

先頭の友人がそう言うので、全員黙る。

すると。

確かに廊下の前の方から、女性の声が近づいてくるのがわかった。
おそらく今、階段を登ってきているようで、声がだんだん上がってきている。

「ううん?」
「……なんだこりゃ?」

もし聞こえてくる声が、「ここ怖いねー」などであれば、肝試しにやってきた連中であろうと想像はつく。
しかし、そうではなかった。
女はずっと同じ言葉を繰り返している。

「何で? 何で?」

一拍置いて、「何で」を繰り返しているのだ。

「おいおい、やばい人が来たぞ……」

そう言っているうちにも、「何で? 何で?」の声は近づいてくる。
1対5、しかも相手は女性とはいえ、怖い。

「この廊下を外れて、脇道入んない?」
「だな」

先頭のやつが曲がっていくと、すぐのところに半開きのドアがあり、中に滑り込む。
かつて布団部屋だったのか、埃っぽい布団が堆く積まれている。

「ちょっとシーな。黙れ」

Iに言われずとも、皆一言も発しない。
「何で」の声の主は、どんどん近づいてくる。
そして、近づいてくるにつれ、「何で」の間隔が狭まってきたのがわかった。

「何で? 何で? 何で?何で?」

皆、ぞっとして汗を垂らす。

「何で何で何で」

声は、脇道には入らず、長いメインの廊下を奥の方に進んでいく。
そして十分距離が離れたところで、Iが言った。

「今、逃げるしかないな」
「だな」
「静かにな。床がギシギシ言っちゃうからな」
「でも、一気に行った方が良くない?」
「そうしようよ」

その声を合図に、一気に走り出した。
そして廊下を走り抜け、外に出て、一息ついて人数を数えたら、一人足りない。

最後尾にいたはずの、Iがいないのだ。

「冷たいけど、とりあえず解散しようか……?」

友人の言葉に、Jくんが反論する。

「そりゃダメだよ」
「だよな……」
「ダメだけど、今行く勇気はないな」
「でも家の前では張っておこうよ」

そういうわけで、交代でコンビニに行って買い物をして、その建物の前でじっと待ち続けていた。
通行人がいた場合は、怪しまれないよう隠れたりしながら、その時を待つ。

「申し訳ないけど、明るくならないと助けに行けないよな」
「大声が聞こえてきたら助けに行こうな」

外から見ていても、音もしないし光も漏れない。
朝まで交代しながら、Jくんたちはずっと建物を見張っていた。
しかしIは、結局その建物から出てこなかった。

日が登ってから、Jくんたちは再び建物の中に入る。

「おーい、Iどこにいるー?」
「大丈夫かぁー?」

声をかけつつメインの廊下を歩いていると、奥の方から「ごめんなさいごめんなさい」と謝っているような声が聞こえてくる。
近づいてみると、どうも廊下から外れた奥の方の部屋から声がするようだ。
声のする部屋のドアを開けると、妙に湿った空気が中からブワッと流れ出してきた。
そして。

「ごめんなさいごめんなさい」

へたり込むような姿勢で、同じ言葉を繰り返すIの姿がそこにはあった。

「おい、お前大丈夫か?!」

慌てて声をかけて近寄るが、Iは正気にならない。
相変わらずごめんなさいを連呼しながら、目はあさっての方向を向いている。

「とりあえず、引きずりだそう」

そう言って、皆で抱えるようにしてIくんを外に出して、道路の端で「大丈夫か」などとやっていると、そこに警察官が通りかかった。

「どうしたの?」
「はい、実は……」

状況が状況なので、もう隠しておくことはできないと思ったJくんが経緯を説明する。

「うーん、それはよくないな」

警察官は建物の方を一瞥するとそんなことを言って少し唸ったあと、Iを含めJくんたち全員を交番に連れて行った。
交番でしばらく介抱していると、急にIは気がついて、「よかった!!怖かった!!」と叫んで、一時間ほど嗚咽し続けた。
ようやく落ち着いたところで、「何があったんだ?」と尋ねると、Iは自分が経験したことを語り始めた。


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皆が逃げ出した瞬間、後に続こうと駆け出したIは、駆け出すと同時に何者かに首根っこを掴まれた。
そして、ものすごい力で後ろにギューっと引っ張られたのだという。
Iは、多分その隠れていた場所から引きずられて先ほど発見された部屋まで行ったのだろう。
もっとも当人には、その部分の記憶がすっぽり抜け落ちている。
次に覚えているのは、発見された部屋の前に自分があぐらをかいている場面だ。

おいおい……
何ここ?どこ?

自分がいる場所がわからない。
左右を見ると廊下が狭いので、「大通り」から外れたとろだということはわかるが、何階なのかは見当もつかなかった。

「何これ?どこ?」

思わず言葉が漏れる。
どうやらずっと座っていたようで、足に痺れも感じる。

え、どういうこと?
俺、何時間くらいここにいたわけ?

周りには、誰もいない。
それを確認して、ゆっくり立ちあがろうとした、その時だ。

ドアの開いた部屋の中に、何かがいるのがわかった。

よく目を凝らしてみる。

暗い部屋の中。
人が二人、対面で座っている。
そして彼らは、「お寺の和尚さん」という手遊びのような動きをしていた。
あの、「せっせっせのよいよいよい」というやつだ。
しかし、音は一切しない。
二人が手を合わせても、何の音もしないのだ。

ええ?!

驚きつつ呆然とみていると、目が慣れてくる。

二人の人影は、小さい子供とお父さんのような雰囲気の中年男性だった。
彼らは忙しく動いているが、声も音もしない。

何してんの?

更によく見てみると、二人ともぐっしょりと濡れていることがわかった。

あ、血だな。

そう直感したと同時に、Iにはわかってしまった。

彼らがしているのは、「お寺の和尚さん」ではない。
おそらく、お互いの酷く刺された部分を触って、笑い合っているのだ。

そのことが「わかって」しまうと、もう怖くて仕方がない。

これはやばい!!
どうしよう?!

二人は一切Iの方に注意を向けない。
二人だけで、夢中になって遊んでいるように見える。

脚は痺れてるけど、何とか逃げよう。

そう思ったその瞬間。

背中に何かが当たった。

驚いて振り返ると、30代くらいの女性が立っていて、自分を見下ろしている。

「ちょ、ええ?!」

思わずそう叫ぶと、女は自分の方にじっと視線を向けて、口を開いた。

「ね、何で?」

うわぁぁ!!!


———————————

「で、大声で叫んだ次の瞬間、気づいたら交番でみんなが介抱してくれてたんだよ。僕はいい友達を持ちました」

Iは泣きながらそんなことを言う。
それを聞いた警察官は、不法侵入について一通りJくんたちに説教をした後、こう続けた。

「でも、君らは幸運だったよ」
「幸運、ですか?」
「ああ、あそこは本当にやばいんだ。君、こんなもんで済んでよかったよ」
「なんかあったんですか?」
「何かも何も。以前あそこでさ、ビール瓶を割ってお互いに刺しあった奴らもいたよ。ひどい出血でね。命は落としてないんだけど」
「ええ……」
「ま、だから廃墟とかに気軽に立ち入っちゃダメだよ。まあ、君らはもう二度としないと思うからこれ以上は言わないけど」
「すいません……」

全員で頭を下げて、交番を辞するときに、あの建物は壊さないのか、Jくんは警察官に尋ねてみた。
すると警察官は心底うんざりしたような表情を浮かべて、「壊せないんだよ」とだけ言った。


あれから数年が経つが、いまだにその建物は残っている。
Jくんたち5人組は大学卒業後も仲がいいままだが、その日を境に肝試しにいっていない。
何より、Iはあの件がきっかけで、みょうに信心深い奴になったそうで、今はパワースポット巡りを趣味にしているのだそうだ。

「人格が変わるくらいの恐怖ってあるんだなって思いましたよ」

Jくんはこの話をそう結んだ。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「THE禍話 第32夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

THE禍話 第32夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/596398036
(47:14頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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