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アメリカで出会った ぐるるな仲間たち 第6回

By やよい
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いまから30年以上も前のアメリカで、職業訓練校のESLに通った私は、世界各国から移民や難民としてやってきたクラスメイトたちと出会い、それぞれの背景をうかがい知ることになりました。あくまでも自己申告ではありますが。

小さな教室で、少しだけ世界を知る④

 ロシア人のケイトは、実はTOEFLで満点を取っておりESLに来る必要はなかったのですが、クラスが楽しいからと通ってきていました。英語だけでなく勉強は何でも得意で、幼いころに英才教育学校の選抜試験を受けたことがあるそうです。ところがそのとき「あまりに簡単なことばかり質問されて、なんでこんなバカみたいな問題に答えなきゃいけないのか腹が立って、途中から全部『答えは?』って聞かれても『知ってる』しか言わなかったら落ちた。落ちてよかったけど」と笑っていました。
 ケイトの母方の家はロシア革命で身分を失った元貴族だそうで、ある博物館のカタログを開いて「お祖母さまが、これはうちのだって言ってたわ」と一つの宝石を指さしました。財産を丸ごと没収されて屋敷から追い出されたと話していたそうです。ケイトの母親はロシアの政治家について「教養がない」などと指摘することがあったそうで「母にはプライドが残っているのかも。でも私にはピンと来ない。私に残っているのはこれだけ」と言って見せてくれたのは、お祖母さまの形見だという、少し縁が欠けた小さな陶器のミルクピッチャーでした。
 ケイトの夫ニックは政治学を学ぶ留学生でした。ソ連がロシアになって始まった、国費による海外留学奨学金制度を利用して二人で渡米したとのこと。ケイトは「『ゴルビーの10ドル』よ。奨学金といっても月にたったの10ドル!信じられる?まあ、ないよりは助かるけど。ありがとうゴルビー」と、ロシアに向けて投げキスをしました。その10ドルと大学からの奨学金とニックが研究室からもらうアルバイト仕事でなんとか賄う夫婦の暮らしはとてもつつましいものでした。
 二人の出会いは学生時代。当時ニックの父親は政府で石油関係の仕事をしていたそうです。「ものすごくお金持ちだったのよ。ニックはいつもズボンのポケットに札束を突っ込んでいて周りには取り巻きがいっぱい。私と結婚したいってずっと言ってたけど、私は彼に興味なかったの。なんだか軽薄そうに見えていたし、それにほら、彼は金髪でしょ?私は黒髪の人が好きなの」とケイト。彼女によると、ロシアには金髪で色白のロシア系の人々だけでなく、黒髪やこげ茶色の髪と目をしたラテン系の血が入った人も多いそうです。ケイト自身もこげ茶色の髪で、「私は明るくて情熱的なラテン系の人が好き。ロシア系は暗いしいっしょにいてもつまらない」と言うのです。
 確かにニックは口数の少ない穏やかな人でした。では、断り続けていたニックのプロポーズをなぜ受け入れたのかと聞くと「ソ連が崩壊して、ニックのお父さんは地位もお金も全部失った。ニックも取り巻きがいなくなって一人ぼっちになったからかな。『苦労すると思うけどいっしょにアメリカへ行こう』って言われて、面白そうだからついてきたの」と大きな瞳をキラキラさせて、いたずらっ子のような笑顔を見せました。
 車社会のアメリカで「歩くのが好きだから」とかなりの距離でもバスを使わず、背の高いニックが小柄なケイトを守るようにして寄り添い歩いていた姿がいまも心に残っています。

「喜び」 ©️Flourish fumiko

第7回につづく


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