国公立の人気校の経済学部を比較する:高校生に知られていない個性

これまで興味本位で調べた結果をまとめています(2024年度初め現在の情報)。制度の改正や筆者の誤解が生じている箇所が存在する可能性もありますので、内容の確実性は保証しかねます。この記事によって生じた不利益に関して、筆者は一切責任を負いません。本記事は参考程度にご高覧頂き、最新の正しい情報はご自身で大学の公式情報に当たってご確認ください。

なお、ご関心のある方は以下もご参照ください。
有名大学の経済学部などの特徴(カリキュラム比較)|正力綾士 (note.com)
主要国立大学経済学部の科目の多様性比較|正力綾士 (note.com)
一部の経済学部でしか学べない科目(大学のカリキュラムの注目点)|正力綾士 (note.com)
優秀な大学院生・ポスドクはどの大学に集まっているのか|正力綾士 (note.com)
行動経済学を学びたい人の大学選び(選び方のポイントを解説)|正力綾士 (note.com)

経済学説史に詳しくない読者のために予め簡単に補足すると、以下の文章で使っている「近代経済学」は大まかに言って非マルクス経済学の意味であり、現在の「主流派経済学」は近代経済学の系譜上にあります。

なお、後述する重要情報を先取りすると、経済学分野で大学院進学まで視野に入れる場合(研究者志望の場合)、地理的制約などの特段の支障がないならば、ひとまず東京大学・京都大学・大阪大学・一橋大学・慶應義塾大学の5つの大学のいずれかを大学学部進学時点の受験候補に含めるとよいでしょう。


〇東京大学経済学部

特にこだわりのない人が目指すところ。経済学科・経営学科・金融学科の3学科体制。国内トップレベルの経済学者を多数擁する。大学院には優秀な大学院生が国内で最も多く在籍し、他大学との圧倒的な差を見せる。このような環境の下で、主流派経済学を幅広く学べる。マルクス経済学の勢力が強かったのはもはや大昔の話で、今ではマルクス経済学や社会経済学を専攻していると学部サイトで公称する教員は一人もいない。マルクス経済学の科目も若干残っているが、今や自前の教員ではなく、非常勤講師に担当させている。
歴代教員からは、日本最大の経済学の学会であり、近代経済学者によって形成されている日本経済学会の会長を最多輩出(会長在任時の所属先でカウントすると13名)。

〇京都大学経済学部

経済経営学科の1学科体制。「マルクス経済学の牙城」であったかつての名残もあってか、経済思想・経済学説史に伝統的に強みを持ち、社会経済学といった非主流派の科目もきちんと残っている(ただし現在は退官教員の後任採用ができておらず、非常勤講師が担当している有様である模様)。非主流派経済学から、最先端の主流派経済学までを学べるのが強み。ただし、経済研究所に所属する有名経済学者は学部の授業を担当していないことがあるので、京大のネームバリューの割に教授陣の本気の陣容は学部では発揮されないのがやや残念。数十年前まではいい加減な教育をしていたためそのイメージで語られることもあるが、近年ではカリキュラム改正などで統制を取って「普通のマトモな大学化」が進行している。
歴代教員からは、日本経済学会の会長を7名輩出(会長在任時の所属先でカウント)。関西では、大阪大学と並んで、優秀な大学院生が多数在籍する(阪大に比べて経済統計分野や経済史分野が相対的にやや多い)。経済研究所は、文部科学省より共同利用・共同研究拠点(先端経済理論の国際的共同研究拠点)に認定され、その研究ポテンシャルへの社会的信頼は厚い。

〇大阪大学経済学部

経済・経営学科の1学科体制。どこの大学でもマルクス経済学が真っ盛りであった時代から、それに対抗する「近代経済学のメッカ」として確固たる地位を築いてきた名門。現在では行動経済学の日本における研究・教育のパイオニアという顔も持ち、多数の研究者を輩出してきた。マルクス経済学など非主流派の経済学には関心がない人だけでなく、行動経済学に強い関心を持つ人にお薦め。
歴代教員からは、日本経済学会の会長を6名輩出(会長在任時の所属先でカウント)。関西では、京都大学と並んで、優秀な大学院生が多数在籍する(京大に比べると労働経済・公共経済分野が相対的にやや多い)。社会経済研究所は、文部科学省より共同利用・共同研究拠点(行動経済学研究拠点)に認定され、その研究ポテンシャルへの社会的信頼は厚い。

〇一橋大学経済学部

主流派経済学を学びたい人が目指すところ。幅広い科目を学ぶことができる。経済学部とは別に商学部が設けられており、経営分野の教員はそちらに固められている。そのため経済学分野だけでなく経営学分野も(ちょっとだけでは満足できず)しっかり学んでみたいという場合は、一橋大学経済学部はお薦めしない。経済学部の中に経営分野の教員がいる他大学にするべきである。また、近年では経済思想や経済学説史の教育が弱くなっているので、そうしたことを学びたいときも、お薦めしない。
歴代教員からは、日本経済学会の会長を7名輩出(会長在任時の所属先でカウント)。大学院生の優秀さで言うと、京大や阪大には若干劣る(関東で特に優秀な学生は他大学出身でも東大大学院にこぞって進学するためと推察される)が、それでも優秀な大学院生が多数在籍する、一流の研究大学である。経済研究所は、文部科学省より共同利用・共同研究拠点(「日本および世界経済の高度実証分析」拠点)に認定され、その研究ポテンシャルへの社会的信頼は厚い。

〇神戸大学経済学部

主流派経済学を学びたい人が目指すところ。経済学部とは別に経営学部が設けられており、経営分野の教員はそちらに固められている。そのため経済学分野だけでなく経営学分野も(ちょっとだけでは満足できず)しっかり学んでみたいという場合は、神戸大学経済学部はお薦めしない。経済学部の中に経営分野の教員がいる他大学にするべきである。また、経済思想や経済学説史の教育が大変弱いので、そうしたことを学びたい場合も、お薦めしない。
歴代教員からは、日本経済学会の会長を3名輩出(会長在任時の所属先でカウント)。京大・阪大・一橋大には劣るが、優秀な大学院生が一定数在籍し、研究大学として機能している。

〇九州大学経済学部

経済・経営学科と経済工学科の2学科体制(入学時から)。九州の研究大学として機能し、優秀な大学院生も一定数在籍する。しかし、経済学科目の多様性の面で見ると、寂しい面が否めない。
1977年に設置された経済工学科での工学的な側面での教育(数理やデータ解析)が特徴的ではある。しかし、PCの低価格化・フリーソフトの普及に伴って、どこの大学でも計量経済学の教育的ハードルが低下したこと、さらには近年多くの大学の経済学部でデータサイエンス教育が強化され、データサイエンス学部までもが登場し増加しつつあることで、経済工学科の価値は相対的に地盤沈下しているといえる。
特筆すべき魅力は、教授陣やカリキュラムではなくキャンパスが新しいという点だろう。2000年代に入って開発された伊都キャンパスに文系学部は2018年10月に移転。文系学部のメインゾーンであるイーストゾーンはこの移転に合わせてオープンしたばかりで、国立大学らしからぬ綺麗な教育環境といえる。なお、この移転によって老朽施設や飛行機騒音(発着数の多い福岡空港が近隣にあったことが原因)といった旧キャンパスでの劣悪な教育環境からは解放されたものの、伊都キャンパスは里山を破壊して造成したため野生のイノシシが出没する模様
九州大学 伊都キャンパス DRONE MOVIE(フルVer.) (youtube.com)
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇名古屋大学経済学部

経済学科と経営学科の2学科体制(2年次から分かれる)。中部地方の研究大学として機能し、優秀な大学院生も一定数在籍する。しかし、経済学科目の多様性の面で見ると、寂しい面が否めない。ポスト・ケインズ派に詳しい教員が在籍しているのが特徴。
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇東北大学経済学部

経済学科と経営学科の2学科体制(3年次から分かれる)。東北の研究大学として機能し、優秀な大学院生も一定数在籍する。歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇北海道大学経済学部

経済学科と経営学科の2学科体制(2年次から分かれる)。上記の大学と比較すると、大学院生の実績から考えて、ここまでに紹介した大学とは同列には扱えない。本記事の末尾に示した科研費獲得実績でも劣位は如実に表れている。したがって、家庭の事情や憧れの教授が在籍するなどといった、特段の事情がない限りお薦めしない。北大に合格できる学力があるなら、もっと都会の大学(有力私大も含む)への進学を多少なりとも検討してみるべきである。
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇横浜国立大学経済学部

経済学科目の多様性という意味では見劣りせず、ここまでに示した大学のうち経済学分野の教員数が少ない一部の大学よりも幅広い分野を学ぶことができる。法学や政治学も併せて学ぶ「LBEEP」や、データサイエンスの「DSEP」など特徴ある教育プログラムを受講可能。DSEPは入試時点で選抜が行われる仕組みになっているのが独特である。旧帝国大学や一橋・神戸ほどの知名度がないからと、内実を知られないまま過小評価されるのが随分ともったいない。
ただし、経済学部とは別に経営学部が設けられており、経営分野の教員はそちらに固められている。そのため経済学分野だけでなく経営学分野もしっかり学んでみたいという場合は、横浜国立大学経済学部はお薦めしない。
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇大阪公立大学経済学部

大阪府立大学と大阪市立大学の合併劇の末に2022年に誕生した大学。2校が統合しただけあって、開講科目は多様。行動経済学、空間経済学、マーケットデザインなど、近代経済学の先端的な科目がきちんと整備されているだけでなく、マルクス経済学などの非主流派の科目がはっきりと残っているのが大きな特徴(マルクス色を薄めようとカモフラージュした科目名にする大学も多い中、正々堂々と「マルクス経済学」と称している潔さに清々しさすら覚える)。さらに、経済思想・学説史・経済史といった歴史・思想系の教員の厚みは非常に目を引く。以上のように、主流派・非主流派・思想といった複眼的観点から経済学を学ぶにはとても良い環境を持つ大学である。経済学という学問を大局的な見地から学んでみたい人には強くお薦めできる。この点が世間に知られていないのが実に残念。
ただし、経済学部とは別に商学部が設けられており、経営分野の教員はそちらに固められている。そのため経済学分野だけでなく経営学分野も学んでみたいという場合は、大阪公立大学経済学部はお薦めしない。
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

〇名古屋市立大学経済学部

「公共政策学科」「マネジメントシステム学科」「会計ファイナンス学科」の3学科体制(2年次から分かれる)。市立大学といえば、教員数や開講科目の種類で見劣りし、あまり薦められないところがほとんどだが、名古屋市立大学経済学部はそんなことはない。経済学研究科にはおよそ100名の大学院生が在籍し、並の地方国立大学よりもはるかに研究者や高度職業人の輩出に貢献している。
歴代教員からは、日本経済学会の会長は輩出なし(会長在任時の所属先でカウント)。

(注1)1960年代頃に近代経済学の勢力が強かった大学としては一橋大学・大阪大学・慶應義塾大学・小樽商科大学が挙げられ、反対にマルクス経済学の勢力が強かった大学としては東京大学・京都大学・九州大学・東北大学・北海道大学・大阪市立大学などが挙げられる。当時は全国的にマルクス経済学の勢力が強かったが、しかし今では日本全国どこの大学でもマルクス経済学の勢力は非常に弱い(マル経の影響力皆無の大学も多い)。

(注2)日本経済学会会長の所属先については、必ずしも経済学部ではなくてもカウントの対象になっている。例えば、経済学部ではなく付属研究所の所属であってもカウントされている。

ちなみに、日本経済学会会長の輩出数について、私立大学では慶應義塾大学の5名が最多であり他の私立大学を圧倒している。慶應義塾大学を上回る国公立大学は、上記の通り、東大・京大・阪大・一橋大のみである。慶應義塾大学も文部科学省から共同利用・共同研究拠点に認定されている。こうした実績から、昭和・平成における近代経済学の学界においては東大・京大・阪大・一橋大・慶大が5大勢力として他大とは一線を画する評価を得てきたと言っても過言ではないだろう。
一般社団法人日本経済学会 (jeaweb.org)

さらに、日本経済学会の現役役員の所属先大学を見ると、学界で信頼・信用されている研究者の分布が概ねわかる。「偏差値は高いのに一人も役員がいない大学」もあるので、入試難易度(≒受験生からの人気度)ではわからない大学の実力を示す一つのバロメータになる。
一般社団法人日本経済学会 (jeaweb.org)

なお、参考までに、研究の活発度を示す指標として、科研費の獲得件数(2018~2024年度の経済学分野)の上位20校を示すと、以下の通り(出典はこちら)。北海道大学・九州大学・大阪公立大学・名古屋市立大学は圏外であることが分かる。また受験産業によってGMARCH・日東駒専などと一括りにされる大学群でも、20位内に入る大学と圏外の大学に明確に分かれるなど格差があることも見て取れる。

一橋大学173
早稲田大学140
東京大学135
神戸大学124
慶應義塾大学92
大阪大学86
京都大学84
中央大学57
関西大学55
関西学院大学55
東北大学52
立命館大学49
法政大学47
横浜国立大学42
名古屋大学41
東京都立大学40
同志社大学39
青山学院大学38
筑波大学36
日本大学36
(※大阪市立大学・大阪府立大学・大阪公立大学の件数を足しても34件にしかならない)


ちなみに、経営学・商学・会計学分野でも同じように上位20校を示すと、以下の通り(出典はこちら)。北海道大学・大阪大学・大阪公立大学・名古屋市立大学は圏外であることが分かる。また受験産業によってGMARCH・日東駒専などと一括りにされる大学群でも、20位内に入る大学と圏外の大学に明確に分かれるなど格差があることも見て取れる。

早稲田大学110
神戸大学85
一橋大学76
立命館大学73
法政大学67
明治大学65
中央大学61
関西大学54
慶應義塾大学49
同志社大学49
京都大学42
関西学院大学41
横浜国立大学40
近畿大学39
九州大学37
東京大学35
日本大学33
東北大学32
筑波大学32
青山学院大学32
(※大阪市立大学・大阪府立大学・大阪公立大学の件数を足しても30件にしかならない)