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【創作】イレギュラー


5球団競合の末、希望する球団に迎えられた野原祐介は、自らの前途に大いなる夢と希望を描いて晴れがましい会見に臨んだ。

「見てください、この手を」
同席した監督が祐介の右手を取って報道陣に示す。
「今までいろんな投手の手を見てきましたが、こんなに長い指は見たことがない。素晴らしい指をしていますよ」
長い指は祐介の武器である。この指から投じられる速球はどこまでも伸び、変化球は大きく曲がる。自慢の指であった。報道陣は右手を広げた祐介を競って写真に収めた。

……シ、シ、シ、シ、シ

ふいに笑い声を聞いた気がして、祐介は辺りを見回した。
霞のような予覚は無数のフラッシュにかき消された。


✳✳✳✳✳


一年目の活躍は期待以上だった。
祐介は先発投手として勝ち星を重ねた。

二年目はさらに飛躍した。
絶対的エース野原祐介に、人々は媚びた笑みを浮かべて群がった。祐介は得意の絶頂であった。
喜んだのは恋人の真奈美である。それが祐介には何よりも嬉しかった。
「来年も必ず活躍する。秋に結婚しよう」
真奈美は涙を流して頷いた。
この世の全てが野原祐介を中心に回っている。そんな日々が永遠に続くように思われた。

思わぬ出来事が起きた。三年目の春の事である。

試合中、犠打を試みた祐介の右手親指にボールが直撃した。
「骨に異常はありません。だが、不思議な指をしている」
画像を見た医師が首を捻るのを見て、祐介の心に恐れが芽生えた。
「どこか悪いのでしょうか」
「悪くはありません。ただ、何と言えばいいのか、こんな指は見たことがない」
医師は言葉を濁した。

……シ、シ、シ、シ、シ

あの笑い声がまた聞こえた。


✳✳✳✳✳


親指の腫れが引きボールを手にすると、強い違和感があった。親指に感覚が戻ってこない。自分の指ではないような気がした。
「心配ないでしょう。様子を見ましょう」
医師はその言葉を繰り返した。

復帰戦は惨憺たる出来だった。その次も、その次も、またその次の試合も、以前の投球には程遠かった。試合中祐介が右手親指をじっと見つめているのを、多くの者が目撃した。

ある日、祐介は監督室に呼ばれた。
「少し気分転換した方がいい。次から中継ぎをやってくれ」
事実上の降格であった。
中継ぎでも結果は出ない。親指に向かって始終何事かを呟く祐介を、周りは気味悪げに眺めた。

野原祐介は遂に二軍落ちとなった。誰が見ても以前の投球を取り戻すのは困難に思われた。まとわりついていた魑魅魍魎は潮が引くように消え去った。

……シ、シ、シ、シ、シ

「うるさい、うるさい、うるさい」
試合中、突然叫び出した祐介を皆が取り押さえた。


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祐介の部屋を訪ねた真奈美が、左手にバットを持ってうつ伏せに倒れている祐介を発見した。右手の親指は無残にも潰れていた。赤く染まった祐介の長い指が、ボールを握るような形で小刻みに震えた。

以後、彼の投球を誰も見ない。

秋。冷たい雨の降る朝、野原祐介の引退がひっそりと発表された。


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