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夫の大阪 夫の東京


大阪の義父母に会いに行く。

東京駅から新幹線で新大阪へ。
JR、私鉄と乗り継いで、夫の実家のある町に到着。
駅から続くアーケードのある商店街は、平日の昼間だというのに半分ほど閉まっており、人通りもまばら。ジャージを着たおじさんが自転車に乗ってゆっくり通り過ぎていく。

商店街を抜けて徒歩数分、義父母の住むマンションに着くと、
「お疲れさんやったねえ。上がって上がって」
「おう、久しぶりやなあ~」
二人が笑顔で迎えてくれる。

「俺ら、もう80やで」
そうつぶやく義父は元気そうで、とても80には見えない。
ちょっと驚いたのは、リビングに3羽のセキセイインコがいたことだ。青いインコ2羽。黄色いインコ1羽。あちこち動き回りながら元気にさえずっている。鳥小屋がまたふるっている。広々としたケージ内でインコたちがたっぷり遊べるよう工夫された止まり木や、かわいらしいおもちゃ。餌や底の敷き紙もすぐ交換できるようになっていて清潔だ。

「これお父さんが作ったんよ」と義母。
なんと。義父にこんな才能があったとは。
義父にインコの名前を聞くと「ピーちゃん」と一言。

どれがピーちゃん?
3羽ともピーちゃん?
オリジナリティーなさすぎ~

といろんな思いが頭をよぎったが、
「ピーちゃん、ほおお~う、ピーちゃん」
と目を細めている義父を見たら、まあいいか、となる。




若いころやんちゃだった義父は、数々の武勇伝を持つ男である。

生まれ育った広島では路面電車の前を自転車で蛇行運転して電車をストップさせ、学生時代は地元のヤンキーと喧嘩上等な日々。親のコネで裏口入学した大学を卒業後、某ビール会社に入社するも胃潰瘍になり、勤務中に血を吐いてオフィスの天井を赤く染めたこともあったという。
そんな自らの武勇伝を語る義父はとても活き活きしている。

「え!? お父さん裏口入学だったんか!? 」
「そうやあ~裏口やあ~。当たり前やがな。知らんかったんか」
「当たり前って、そんなん知らんがな~そうだったんや……おじいちゃんのコネだったんや……お母さん知ってた?」
「うん、知ってたよ」
「知ってたんや!よう結婚したなあ」

ボケ倒した家族の会話をニヤニヤしながら聞いていると、やがて野球の話になる。
「大谷翔平な、え ちゃん、あの人どう思う?」
義母に突然問われた私は???となりながらも、
「ああ~大谷翔平、スーパースターですよね」と答えると、
「それだけ?私なあ、あの人通訳とできてる思うねん」

ゲス義母炸裂。

「お母さんらしいなあ~」
「なあ、お母さんらしいやろ?」
ゲスい母に苦笑いする父子。こういう会話、普通の家庭はあんまりしないよなあと笑いがこみ上げる。

義母が一枚一枚包まれた高級牛肉を惜しげもなくはがし、焼肉大会が始まる。義父母のうれしそうな顔を見て、来てよかったとしみじみ思う。
「あんたがいるとお父さんもお母さんも楽しそうやわ」
うん、そうかもしれないけどね、夫よ、やっぱりお義父さんとお義母さんはあなたが帰ってきたことがとてもうれしいんだと思うよ。

✴✴✴✴✴


翌日、部屋着のまま外まで見送りに出てくれた義父母に別れを告げ、新大阪へ向かう。

夫は19歳のころ、阪神百貨店内の喫茶コーナーでアルバイトをしていた。
時はバブル時代。
「楽しかったなあ」
彼にとって阪神百貨店バイト時代は輝く青春の思い出だ。
夫が梅田の街を眺めて「変わったなあ」「大阪、ほんまに変わったわ」とつぶやく。ガード下の『新梅田食堂街』に差し掛かり、昼間から飲んでいる客でにぎわっている店を見ると、
「ここは変わってないわ。なんか安心した」
と少し笑顔になった。
近くの歩行者用信号機には、あとどれくらいで信号が変わるか一目瞭然の目盛がついていて、なんか大阪らしい。



地下に入る。
「ここには昔『アリバイ横丁』っていうのがあってな」
うん、前一緒に大阪に来た時見た覚えがある。
全国名産品がずらりと並んだ様子は壮観で、そこを『アリバイ横丁』と呼ぶセンスはいかにも大阪らしいと思ったものだ。
そのアリバイ横丁も今はなく、きれいな地下通路になっていた。

「変わったなあ。大阪、ほんまに変わったわ」
夫が独り言ちる。


✴✴✴✴✴


お土産と弁当を買い込んで、新大阪から新幹線に乗り込み東京へ向かう。
私には新幹線でぜひ食べてみたいものがあった。


20分くらいたってようやくスプーンがわずかに刺さる。


今や新幹線の車内販売もスマホで注文である。(夫にお願い)
噂通りのカッチカチなアイスクリームを30分ほどしてから食べる。さっぱりとしているのにコクがある、大変おいしいアイスクリームであった。

びゅんびゅんと走り去ってゆく車窓の景色を眺めているうちにウトウトしてしまったようだ。
気づくと新横浜で、ぼんやりしている間に品川に着く。
品川を過ぎると、新幹線は夕日を浴びた高層ビルの谷間をゆっくりと進んでいく。乗客がごそごそと身支度をしたり、棚から荷物を降ろしたりし始める。

「私ね、この高層ビルが並んでる景色を見ると、ああ、旅も終わりだなあってちょっとさびしくなるんだよね。現実に戻されるっていうか、帰ってきちゃったなあって」
「そうか、俺はこの景色好きだけどな」

夫は21歳で上京した。
大阪から新幹線に乗って初めて東京にやってきた青年の想いは、私には想像もできない。
「東京駅に降り立った時はものすごくすがすがしかったなあ。うん、なんかもう何もかもがすがすがしかった」
若き日の夫が東京駅のホームでソワソワする様子が目に浮かんで、ほほえましい気分になる。

多感な時期を過ごした大阪への郷愁と複雑な思い。
東京に感じた新しい世界への希望と憧れ。
到着した東京駅のホームを眺めながら、夫はもう一度独り言ちる。

「東京にずっと住んでるもんにはわからんよ」