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「不登校ラボ」月間連載へ転載~ウルトラマンのオーディションを受けて~

クリスマスの時期ですが、皆様はどのように過ごしているでしょうか?
ここ数日、僕は熱を出していて体調を崩し、大変でしたが、少しずつ回復しております。

先日、僕が出したウルトラマンのオーディション記事が「不登校ラボ」の月間連載にも転載させていただきました。 「不登校とウルトラマン」との結びつきも書かれている記事なので、転載先としては最適だと思いました。
ありがとうございます。

こちらの文中にも書きましたが、不登校の期間中、人と関われない期間が続いたせいか、人との距離感や空気感がうまく掴めず、苦しくなったことが多々あり、それが役者をやっている時にも感じました。
『不登校新聞』で以前、ウルトラマンに次ぐ僕のアイデンティティの作品と言える『進撃の巨人』と不登校経験を結びつけた記事を上げ、そこで演技で感じた苦しさも具体的に書きました。

『進撃の巨人』の主人公のエレンは、最初はヒーロー的な立ち位置の主人公として巨人になり、仲間と共に戦っていましたが、物語の後半における「マーレ編」ではどちらかと言うと悪役として登場し、民間人も虐殺することを厭わない巨悪として描かれました。
ある意味、従来のヒーローになれなかった「悪魔」という感じがしてウルトラマンのオーディションに落ちてヒーローの役者になれなかった僕は、そういう意味でもエレンに共感しました。
(『進撃の巨人』の作者の諫山創先生も、幼少期の頃、ウルトラマンを観ていて、その影響が漫画にも出ていると仰っていました。)

また僕は以前、環境保護のボランティアや講座を受けていたことがありますが、その中で外来種の生物の駆除も行いました。在来種を守るためとは言え、アメリカザリガニを何匹も踏み潰したり、ウシガエルを絞め殺した感触は今でも体に刻まれています。
そういった意味でも、僕自身の経験とエレンは重なりました。

アニメが最終回を迎えたこともあって、振り返って最近『進撃の巨人』の曲をいくつか聴いておりますが、特にFinal SeasonのEDの「悪魔の子」「いってらっしゃい」は印象に残ります。

「悪魔の子」はエレンの心情を表したような曲ですが、僕も不登校でいじめを受けていた頃、アメリカら来た帰国子女ということで偏見、排他的な目で見られ、「悪魔」「ばいきん」などと言われたので、胸に刺さります。
歌詞の中に、

「鳥のように羽があればどこへだって行けるけど」
「ただただ生きるのは嫌だ」

というのがありますが、今でもどこか大きな壁の中に閉じ込められているような感覚があり、「自由」になりたいと願う自分の心情とも重なっているので、よりそう感じます。
ウルトラマンのオーディション記事を出したのも、過去に感じた想いを整理して「自由」への一歩を踏み出したいという気持ちがありました。

「いってらっしゃい」では、EDの映像がエレンとミカサの幼少期の日常を描いた切ない描写が印象的です。
僕も、幼少期の頃育ったアメリカのシカゴのことを思い出し、強く締め付けられることが最近多いので、これも強く胸に打たれました。
シカゴの緑豊かで丘の木々がある所で楽しく遊びまわった幼馴染らと、もうあの頃に戻れない……と痛感するので。

幼少期の頃遊んでいたシカゴの自宅近くの丘「Payton’s Hill」

拙い気持ちですが、最近は、このようなことを感じていました。

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