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冬の向日葵(第1話)


 あらすじ

 18歳の真樹は、8歳の妹のポムと二人暮らし。ある雨の日の夜、突然両親を交通事故で亡くして姉妹2人だけの生活が始まった。
 女子大生だった真樹は生活費を稼ぐために大学を中退して町工場で働き始める。
 そんなある日、親戚の叔母から[ポムを児童施設に]という話を持ちかけられて、真樹は断わるが、その頃からポムは三日三晩、眠り続けて四日目に目を覚ますという不思議な現象を繰り返すようになる。
 ポムはこの先、どうなってしまうんだろう?
 そんな時に見つけた、真冬に咲く向日葵の花。真樹は真冬に咲く向日葵のように強く生きたいと願うのだが、そこには悲しい現実が待っていた。


第1話   「パパとママの突然のサヨナラ」


 ねえ、ポム、今日は目覚める日だったね。
「行ってくるね、ポム」
 真樹は、まだ眠っている妹のポムのおでこにかかった髪の毛をかき分けて、キスをした。
 なんだか、眠りの森のお姫様みたいだな。

 原因は不明だが、八才のポムは暫く前から三日三晩眠り続けては、四日目の朝に目覚めるという不思議な現象を繰り返していた。

 両親が突然の交通事故で亡くなり、真樹がポムと二人暮らしを始めてもう半年になる。   


                              *


 運命の日は、いつだって、何の前触れもなく訪れる。ある雨の日の夜、真樹は妹のポムとテレビのバラエティ番組を見ていた。
 あはは! と二人が大きく笑った瞬間、不意に家の電話が鳴り真樹は受話器を取った。
「もしもし、杉原さんのお宅ですか?」 
電話の向こうから聞き慣れない男の声がした。真樹が不審に思っていると、声の主は、
「杉原さんのお宅で間違いないでしょうか。実は、先ほどご両親が交通事故に遭われまして」と言った。

「ええっ、そんな、パパとママが!」
 警察からの説明を聞いて真樹は茫然とした。電話が切られた後その一瞬で、妹のポムは大好きなパパとママの身に何か大変なことが起きたのだと理解した。真樹がまだ何も言っていないのに、ポムの瞳からはポロポロと大粒の涙が床に溢れ落ちた。


「パパとママに、なにがあったの?」
真樹は小さなポムを抱きしめて泣きながら、言った。「大丈夫よ、ゴメンね。行こう、ポム。パパとママがいるところへ」
 土砂降りの雨の中、真樹はタクシーを拾い、ポムを連れて両親が運ばれた病院へ向かった。


 真樹の母さくらは、車で、出張帰りのパパを駅まで迎えに行く途中、雨の中、急に飛び出してきた猫を避けようとして法面に落下したと、警察からのさっきの電話で聞かされた。病院に着くまでに真樹の頭の中では、その時の光景が映画のワンシーンのように何度も再生された。自分がその場にいたわけじゃないのに。

 ただ、猫を避けて事故するなんて優しいんだね。ママは。他の人でもそうするのかな。パパが運転しても、私が運転しても、やっぱりそうしたのかな?
 暗がりの中で、遠くに見えてきた総合病院の灯りだけが、輝いていた。

 真樹とポムが総合病院に駆けつけると、父の俊夫の顔にはもう白い布が掛けられたていた。真樹は、側に立っていた医師から「ご家族の方ですか。大変お気の毒ですが、お父様は先ほどお亡くなりになられました」と一礼されて茫然とした。

「父の顔を見てもいいですか?」
真樹が涙を堪えて恐る恐る布を取ると、父の顔は、まるで眠っているように安らかだった。
「ねえ、パパは眠っているだけよね?」と、ポムはパパの綺麗な顔を見て安心したのか、そう言った。
「うん、そうだね。眠っているだけよ。出張で疲れちゃったのかな」と真樹は力なく、微笑んだ。
「でも、ママは。ママは何だか苦しそう」とポムは母親のさくらのベッドの方を振り向いた。
「ゴメンね、ポム、真樹」
さくらは、もう動かない手を、なんとかこちらに伸ばそうとしていた。母は沢山の点滴のチューブに繋がれて瀕死の状態だった。口元には酸素マスクが、あてがわれている。
「もう、喋らないで、ママ」

 さくらの呼吸が、だんだん激しくなり、医師が、「すみません、ちょっとどいてもらえますか。酸素濃度を上げますから」と真樹を押し退けた。医師が、酸素濃度を上げる。しかし、さくらにはもう、酸素を吸い込む力は残っていなかった。
「ダメだ。酸素がもう、入らない」

 ベッドサイドに置かれた医療機器のモニターが警告音を鳴らして、バイタルサインの数値が下降していった。

「ねえ、ママも眠っているだけ?」  
と、ポムは、キョトンとした。
「そうね、もう苦しまずにね」
 真樹はポムの頭をそっと撫でることしか、出来なかった。さっき、真樹が電話に出た時は何か大変な事が起きたのだとポムは全身で感じたはずなのに、いまのポムにとって両親の死は、まるで夢の中の出来事のようだった。

                            *

 両親の葬儀から四十九日まで、どう過ごしたのか、真樹は覚えていない。段取りは、父の姉である恵叔母さんがしてくれたのだと思う。今日の四十九日の法要も、恵叔母さんが仕切ってくれた。親戚の人はもう殆ど帰っていたが、叔母さんは片付けを手伝ってくれた。

「真樹ちゃん、お寿司、結構余ったわね」
「はい。叔母さん、あの良かったら、どうぞ持って帰って下さい」
「あら、そう。ありがとね」
 叔母の恵がイクラの寿司に箸を伸ばした時、ポムは「ポム、イクラだあい好き!」と、サッとイクラの寿司をポイっと自分の口に放り込んだ。

「まあっ!」と叔母さんは呆れた顔をした。
「コラッ、ポム!」と真樹は妹を、嗜めた。
「これだから、親のいない子は」と恵はポムを少し睨むように見た。
 えっ?
真樹は自分の耳を疑った。
叔母さん、いま、なんて言ったの?
心の中で真樹は、反芻していた。


#創作大賞2023
#恋愛小説部門
#姉妹物語
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