見出し画像

小説 フィリピン“日本兵探し” (13)

シュウの家の周りに、金属探知機を持ったサミエルの子分、クワトロがいた。
「隊長、何か反応してるぜ。ピーピーさっきからこの家の裏の辺りに行くと鳴るんだよ」
「クレア!波形は見たか?」とサミエルが聞く。
「ああ。下に空洞があるみたいだけど、川が近いから、地下水ってことも考えられるし、何とも言えないね」、女性隊員クレアは長い黒髪を手で束ね、口にくわえていた黒いゴムで後ろにくくり直して、波形モニターの記録を再生した。
「こんな畑で反応しても、しょうがないんだけどな」、サミエルは安たばこに火をつけ、深呼吸をするように、その煙を肺の奥まで味わった。

「警察とか言いよったけど、コヤツら、宝探しが本業やないと?ねっ、タカシさん」とマサ。
「あっ、タカシさんも山下財宝には興味あるもんね。スクープやけ。コヤツらとおんなじたい」
立て続けに、
「でも、俺は違うばい。ほんなこつ、日本兵に会って、日本にお連れする。それだけば考えとると。タカシさん、元小隊長にしばかれっばい」、マサは饒舌だった。マサに言われっぱなしのタカシを少し離れて見つめ、元小隊長はニコニコと笑顔を見せていた。

月が明るい夜だった。カルバヨグの大通りから路地に入ってしばらく行った所にジュンのレストランはある。前日の昼間に訪れた場所なのだが、それからかなり日数がたったように感じられた。ジャングルを歩いたり、銃撃戦があったりと、いろいろなことが時間の感覚を麻痺させていた。大通りでジプニーを降りて、徒歩でレストランに向かう。ハルミは、ホテルに残してきた。ジュンの反目に回ることをひどく恐れていたからだ。息子のアキラは、自警団のサミエルたちと共にマサ一行についてきた。今回も、道案内をしてくれたのはパオパオだ。パオパオは、アウアウやジェイジェイが共産ゲリラに拉致された後、ジュンのレストランを、夜、しばらく監視していた。店の裏側には母屋がある。土地の広さはその母屋部分だけで70坪ほど。入口らしきドアには、鍵穴があった。前に出たのはクレアだった。
「ライトはつけなくていいよ。月明りで十分見えるから」
クレアはピッキング用の鉄の細長い棒を鍵穴に挿し、鍵穴の抵抗がない右方向に軽く力を加えた。その後、棒をもう1本取り出し、鍵穴の中に入れて中の突起部分を押していった。すると、カシャ。鍵が開く音が夜空に響いた。
タカシは、ビデオカメラの赤外線撮影機能を使って、ピッキングの様子を一部始終撮影していた。
「あんた、ピッキングの部分にはボカシを入れなよ。商売上がったりだからさ」と笑顔を見せるクレア。英語だった。
「イエッサー」と、タカシも軽く笑顔を交わした。
「タカシさん、これやもん。相手が女やけんデレデレしてから」と、小声だがマサもそれを楽しんでいた。今から突入。その緊張。笑顔はこのチームの連帯感ともいえた。

突入の先頭は、元小隊長だった。剣道八段。木刀ほどの鉄パイプを左手に握って、ドアを引く。開かない。元小隊長は戸惑った。
「開いとらんばい」
「鍵は開いてるよ。ドア開ける方向が逆、逆」とクレア。ドアは外から押して開ける内開き式だった。元小隊長がエヘヘという表情。ドアが内側に開く。
家の中では、一番夜目がきくパオパオが、タガログ語だが、周辺情報を知らせる。元小隊長は言葉の雰囲気で連携を取った。
「どこや?アウアウは」
「ジェイジェイが、あそこの柱のところにいるよ」
「アウアウも一緒にいるんか?」
「いいやアウアウは、ここにはいないみたい」
監視はいない。ジェイジェイは柱に縄で縛りつけられていて、それをクワトロがナイフで素早く切って、縄をほどいた。そうこうしていると、奥で「イヤーッ!」という気合の声。
監視の男がトイレから出てきたところを、元小隊長が正面から喉を突いて倒した。さらに5メートル奥へ進むと、1発の発砲音。銃を撃ったのは共産ゲリラだった。弾は壁に当たった。誰も撃たれていなかった。
「小隊長!後ろ下がって!アキラとサミエルさんが前に行くっち」
アキラとサミエルが自動小銃を構え、前を進む。最後尾には、自動小銃を後ろに構え、元兵長が後ろ向きに進みながら、後方の敵からの攻撃に警戒した。
そこへ、タッタッタッタッタッと駆け付ける足音。クレアだった。「いない!いないって!ジュンたちは。1時間ほど前に、アウアウを連れて、島に向かったってよ!」
クレアは、共産ゲリラのこのアジトについて、接客や集合の場所であるという話をジェイジェイから聞き、ジュンたちが1時間ほど前である午前2時ごろ、船がある近くの港に向かったことが分かった。激しい銃撃戦も覚悟したが、元小隊長が物陰に隠れて銃を撃ってきた兵士を抜き胴と振り返りながらの面打ちで倒した。
「追いかけるね?」と元小隊長がマサに聞く。
「どの島か分からんし、無理でしょうね」とマサは答えた。とりあえず、室内の明かりをすべてつける。

マサはジェイジェイを連れ戻せるだけでも、良しとした方がいいと考えた。
「ジュンはこれを狙っているんだ」
ジェイジェイはおもむろに何かを取り出し、右の手のひらに乗せてマサに見せた。あの“幻の金貨”だった。
「丸福金貨やない!本物か?」
くすんだ金色のコインの表には確かに「福」の一文字が描かれていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?